師走かな

久々に昔懐かしい体験をして、サクラモヒラを始めたばかりの頃を懐かしく思い出した。
あるコーヒー豆やさんが、開店20周年を記念して、記念品のふきんを注文してくださった。それはかなり前から、お話をいただいていて、間に合うはずであった。
相手方は、デザイナーさんに頼んでデザインを決め、すべての寸法もミリの単位で計算して、注文してきた。
その図柄を見た時、漠然とだが、少し不安になった。一般的に売られているような、印刷機でプリントしたようなデザインである。しかし、実際にブロックプリントとしてほってもらうと、細かい模様をきちんとだすために、版木が指定よりも大きくなってしまった。しかしせれいに彫ってある。1枚の布の大きさもミリ単位でしていされており、先に布をカットしたので、版木の模様は全部をいれることができずに、最悪の例として、オーダー様のお名前が入っていたり、いなかったり・・・。そこで、時間を気にしながらのやり直しとあいなった。こんどは、バングラデシュの職人さんたちも、たかがかんたんな押しなのに、布の端は難ミリ空けるのか、とか真ん中の空きは狭くなるとか・・・神経質に夜中に何度も電話してくる。その結果、やっとのことで、布を大きくして治めたのだが・・・あろうことか、ちょうど年末に入り、日本の税関で信じられない時間を費やす羽目になった。しかし、なんとか12月1日の朝に配達できたのだ。
その間、郵便局などにいっぱい電話を掛け捲り、相手を苛立たせて・・・
結果は不満足であった。大きさが違う。色が違う・・・せっかくデザイナーさんを頼んだのに・・・
しかし間に合わせるように届けるだけで、こちらはEMSの追跡サービスと苛立ち電話をしまくって、へとへとだったのだ・・・そして始めた当初はこんなことが当たり前にあったのだ。

# by sakura_mohila | 2018-12-01 13:46 | Comments(0)  

バウルの歌を探しに

畑に春の青い花が咲いていた。同じ畑にキリギリスが鈍くなった動きをじっと小松菜の葉に横たえていた。今年の冬はこんな共存が可能なのだ。同じ場所には琵琶の花が最盛を迎えている。名も知らない小鳥が琵琶の花に止まっている。これはまさに今の風景だ。
偶然から本屋さんの棚にあった「バウルの歌を探しに」という本を買った。著者も本の題名も知っていたわけではないけれど、読み進むうちに面白くて、先へ先へと読んでしまった。「バウル」とはなにか、というところから始まるのだが、バウルのことを説明ができる人はどこにもいないが、バウルはバングラデシュの生活の中にふつうに入っている。哲学とも呼べるし、そうでないとも呼べる。というのがバウルである。タゴール、ロランもバウルに関わったらしいけれど、はっきりそうであるともいいきれない。しかしラロンもタゴールも、国の有名な詩人たちだ。
思い返すに、20数年のバングラデシュのかかわりの中で、自分もその哲学に、気がつかずに触れてきたのではないだろうか、と思うのだ。だいたい訳を聞いていると、自分は「イエス」くらいしか言っていないにも関わらず、5分たってもその訳が終わらない。村の人たちの言い訳に関して言えば、終わることがなく、たいていの場合自分のほうから「言い訳はもういいです!」とキットした目をして打ち切りにすることが多いのだ。なにをそんなに話すことがあるのだろう。「イエス」から。
その昔、サクラモヒラをスタートさせたハクさんのお付き合いで外交官のトレーニングセンターで、彼の話を聞いたのだが、あるジョークとも言えないジョークは今となっても忘れることができない。彼はこう言ったのだ。「アメリカ人はバングラデシュ人の3倍働く。日本人はその2倍働く。バングラデシュ人は半分しゃべって、半分働く」でも彼らの生活、特に村の人たちの、というよりはむしろ立場の弱い人たちの生活スタイルを見ていると、ほんとによく言い訳をして、終わることがない。それがバウルの哲学と関係するかどうかは分からないけれど・・・でも、
忙しい現代生活を超越したところにバウルの哲学が流れているとすれば、村の人たちは意識せずして、その哲学を心にもっているのかもしれない。
今頃になって、そのような文化のことがやっとわかった。無知はほんとに恐ろしい。

ところで、明日12月1日(土)、2時からギャラリーサクラモヒラにて、平間の話の会があります。タイトルは:「サクラモヒラの始まり」25年前のバングラデシュの貧村の生活とそこに暮す人々が話の中心になります

 

# by sakura_mohila | 2018-11-30 16:26 | Comments(0)  

My old university home

My friend invited me to our old home: the university. The university holds a show of its 70-year-history. Just because both of us graduated nearly half a century ago from the university, we missed the place very much.
At the entrance, they placed the first chancellor's words to the students;
"Ubi Caritus, Ibi Deus " will take on new meaning as you go forth to meet the daily challenges life offers you. Our shaken, suffering, anxious world meets your open-armed charity, your tireless sacrifice, and your firm conviction that all things are possible when Love is the meaning."
Mother Britt, the first chancellor, is now very important for me, spiritually. I could not meet her in person when I was in the university, but as I read what she left for us, I feel qaite close to her. I understand what she wrote more than When I was too young.
The trees in the campus have grown for these 50 years and they silently nod for all what are happening in front of them. How much I love this moment that I can see the length of time!

# by sakura_mohila | 2018-11-28 16:53 | Comments(0)  

半世紀の成長

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久々に古巣の校舎を訪れた。大学の設立70年の記念展をしていて、友人が誘ってくれたのだけれど、ほんとに久々に懐かしい学生の気分を過ごしてきた。70年の歴史の中に、マザーブリットという第1代目の学長様が写っていて、涙が出そうになってしまった。今なら、もっと、もっと学ぶことができたものを、恩恵を充分に受け止める基盤がなかった自分がうらめしい。
半世紀以上も前に、毎日親しんだネズミモチの木が、半世紀分伸びていて、実をたわわにつけ、それらの地味な色の実が秋の日の中に累々と輝いて、ほんとに美しかった。剪定してはあったけれど、成長したことがちゃんと分かる木の古さであった。でもこの場所に来ると、時間の経過を忘れてしまう。裏手にまわったら、クローバーが土手にたくさん白い花をつけていた。あおいの赤い実も、時間があることさえも忘れて、過去と現在が入り混じった。そうだよ、50年前があって、それから毎日、毎日生きて今にいたったのだから、あまり後悔するのはやめようね。でも、もっと勉強しておけばよかったなあ(本心!)

# by sakura_mohila | 2018-11-28 16:34 | Comments(0)  

Holly trees that make Japan's winter

I happened to find an old holly tree in my nextdoor's garden. It amazingly had a mass of white pretty holly flowers all over the tree. I simply did n't know therwas the tree for over thirty years. This year was special. My persimmon trees were in bonanza and I enjoyed the good crop of them, climbing a ladder in the g arden. From the top of the ladder, I found the holly flowers in the next door's big garden.
The pretty little white flowers of a holly are exactly angels from winter heaven. I always enjoy the cold season for the pretty flowers. There is a hedge of hollys along my way to the office. I used to go over the follen flowers, with special joy. The flowers are getting less and this winter I even try to find to count the number of the flowers. I miss the days when I walked over the fallen flowers, feeling the sweetly noble smell of them.

# by sakura_mohila | 2018-11-26 13:04 | ENGLISH | Comments(0)  

柊の道

庭の柿を、いくつかを鳥に残して、収穫を終わった。今年はほんとに豊作の柿であった。高いところにある柿をとろうとして、石垣の向こうに隣の庭を覗き込んだら、大きな柊の木にびっしりと真っ白な柊の小さな花が満開だった。庭を接していながら何十年もそこに柊があることを知らなかった。今年の柿取り作業に感謝。
いつも通り抜けてくる公園の道に柊の生垣があり、冬を楽しみにその道を通るけれど、花のつき具合がいまひとつ。数年前には小さな花が落ちて、真っ白な柊の道を作っていたことを思い出す。あの花の道、もういちど踏みしめて通りたいとおもうけれど、この数年は木につく花さえも探して数を数えるようで、少しさびしい。
これは冬の風景だけれど、南国の花ははなやかに、はなやかに空を染め、このような冬のひそかな花は暑い国ではきれいには見えないのだろうか。村の女性たちはやたらと華やかに色を使いたがって、時々、意見が対立する。

# by sakura_mohila | 2018-11-26 12:49 | Comments(0)  

A village grove

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The Moon was full above the grove
Someone invaded the village grove just to take off the flowers
Who on earth did it?
It can't be foxes
It can't be racoons
It can't be dogs or cats
The flowers were still on the soil, sweetly

Picture by Hamano Shigenori, owner of a Gallery/Cafe named NEI寧,
whichi is located in a grove of a nearby big city


# by sakura_mohila | 2018-11-25 13:37 | ENGLISH | Comments(0)  

鎮守の森の話

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さいたま市伊奈町にギャラリー/カフェの「寧」という場所がある。サクラモヒラはもう何年間もその母屋の場所を貸していただいて展示会を開いてきたのだが、その場所は1000坪の里山の中にある。実はその里山を保存するために、オープンさせたカフェなのだけれど、とてもよい場所として人々が集まる場所になっている。オーナーの浜野さんは公立高校の教師を退職されて、そこにいらっしゃるのだけれど、今や画家としての名声が高くなったように思われる。ある日彼の個展の案内を頂戴したのだが、その絵がとても面白くて、サクラモヒラのカディで制作をさせてもらいことにした。そしたら、その絵にちなんだ話がおもしろく、そのお話もともに製品になりました。
「月夜の晩に鎮守の森を侵害せし者あり
花をいたずらに落としけり
犯人は
狐じゃない
たぬきじゃない
猫でもいぬでもない
花は地に落ちて、静かに香っているだけ・・・」

# by sakura_mohila | 2018-11-25 13:25 | Comments(0)  

Subscription

Autumn is in its peak now: the leaf colors, the air and the sun. Everything is in a good match, and it can't be better. Especially Japan's chrisanthemums are perfect in the colors and the fragrance. The water looks pure and beautiful with the creatures hibernating deep in the water. In a northern area of Japan swans have migrated to settle in their winter ponds. How much I love to see swans, especially towards the winter night! The scene always gives me a romantic picture from the Swan Lake. Hoping to have some time to see swans this winter as one of the winter favarite pages, I think of an interesting reality. It is about "subscription", which I happened to hear from the radio, while doing the morning kitchen work.
For my generation, "subscription" reminds me of magazines or newspapers to be delivered regulary. But that has changed in the internet society. The inclination is: people do not own things but they rent, to choose the best match according to their likes and the life styles. Does it mean a "rental" society? With a few things held, life might become easy and the choice might become large.
Though I myself cannot change my way of life atyle and the thinking easioly, I tried to imagine the olden times of my parents, grandparents and great grandparents, to see the changes of societies.
Yes, my anscesters had very different ways of life, but I just could not the reality, because I have been involved in the parts of them!

# by sakura_mohila | 2018-11-23 12:54 | ENGLISH | Comments(0)  

Subscription

秋がピークの時かもしれない。秋の色を纏った木々、空気などがとても気持ちがよいし、菊の香りがあちこちに香っている。いつのまにか、草むらに聞く虫たちの声も力がなくなっている。魚にしてもそうだ。いつもと同じに見えながら、水の中の生き物たちが水面下に静まっている気配がしている。岐阜のどこかに白鳥たちが飛来したというニュースの写真を見ながら、ほんとの白鳥が見たくなった。夜に見る白鳥はほんとに幻想的だ。今年は白鳥を見ることができるだろうか。
いつものようにラジオをながら、ながらに聞いていたら、専修大学の教授が興味深いことを話していた。おことわりしているように、ながら、ながらの情報なので、不確かな部分はお許しを。それは「subscription」という新しい社会の現象を言っていて、その流れは次第に社会に浸透し、広がっている、というような内容であった。しかしラジオ番組の司会者たちもまだ発想に充分にはついていけていないようである。「subscription」の意味は定期購読とか定期会員の申し込みとか寄付がそれにあたっていた。オンラインの即席の知識では、オンラインでの音楽配信、レンタルスペースなどがあるにしても、その教授が説明なさった「subscription」はもっと先のアイディアで、オンラインで探したが、それに当てはまる項目を見つけることができなかった。しかし覚えている内容を言うと、現代は身軽に生活する傾向にあり、物を持ちたがらない、というのがスタートポイントであるらしい。車、コンピューターは言うに及ばず、家でさえもその範疇に入るということだ。レンタルにして、自分の好みやライフスタイルに合わせて、変えて行く、ということのようだ。
公園の長年の時を経てきた木々の道を進みながら、自分の時代、両親の時代、祖父母の時代の生活背景を思い浮かべてみたけれど、ほんとに社会は変化しているのだ。人間であることはなにも変わっていないのに!

# by sakura_mohila | 2018-11-23 12:01 | Comments(0)