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ブロックプリント

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ボタンの花が咲いて、ボタンの花が散った。大輪だから、散ってしまった花びらも、存在感がある。ぼたんの花が咲くと、もう一株買おうか、とつい思ってしまうくらいに、花は魅力的だ。世話は大変でも、やっぱりもう一株かうことにしよう。
いつもの散歩道で、神社のお庭の一角にボタンがたくさん植えられている。初めて気がついたのだけれど、つい、「立入禁止」の注意も読まずに花壇に入ってしまった。みつばちが何羽か飛び交っている。こんなに美しいボタンを遠くから見るだけだなんて!やっぱり「立入禁止」の字は見えないにきまっている。
ばらもあちこちに咲き始めて、戸外がとても楽しい。
戦闘の音に変えて、どこかの国に、とびきりきれいなぼたんやバラ、野のすみれなどを持っていってやりたくなる。
サクラモヒラの4月のお話会のテーマは、「ブロックプリント」であった。資料にあたりながら、その過程で気がついたことがある。古い聖書の挿絵は、ブロックプリントだ。素朴に彫って印刷してある。
それとは別に、シェイクスピアの劇の当時の復刻版のチラシを数種類持っているのだが、当時は木版で作ったと思われるそれらのチラシの図の絵がある。気がついたことは、そのどれにも、衣服の模様がないことだ。
技術力が乏しくて、模様が入らなかったのか、衣服には模様がないのが普通だったのか。インドの衣類は、ばっちりと花模様で飾ってあるのとは、大きな違いだ。
何か、想像が大きく膨らむ衣服の模様事情。やはりブロックプリントはおもしろいのだ。

# by sakura_mohila | 2022-04-24 16:05 | Comments(0)  

伊奈町の展示会

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伊奈町にあるカフェ・ギャラリー「寧」さんとは何年のお付き合いをしていただいているだろうか?販売することなど何も知らない頃から、お世話になっている。
伊奈の街に降り立つと、かつてはなにか果物の香りがただよっていたように記憶しているけれど、今は一面に菜の花が咲いている。駅前に植えられたばらが大きくなり始めている。伊奈町は、都会の人が住む自然の街という風情があって、どこかおしゃれだ。
お世話になる「寧」さんのお庭もとても気持ちがよいし、年月を経た樹々が花を咲かせ、緑をそよがせしているから、鳥たちも、お庭のどこかでよく鳴いている。
桐の木もあったはずだが、整理されてしまったか。桐の花が見たい。藤の花が見たい、と思う。観光用の花ではなくて、自然にある花を。
寧のオーナーのお母様が最後まで一人で生活をしておられた場所をお借りして、メインの販売員はノリちゃん。ノリちゃんも、サクラモヒラのカディも、寧さんの屋敷ととてもよく似合う。
展示会は、20日(水)まで。私も2時くらいまでは、います。ノリちゃんが、メインの責任を持ってくれています。
ぜひ、お出かけください。


# by sakura_mohila | 2022-04-16 17:44 | Comments(0)  

自然

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いつものように流しっぱなしのラジオからおもしろい話題が聞こえてきた。北の方に住む人のようだ。そして木を護っているらしい。老いたくぬぎの木が雪に耐えられなくて、倒れ、命尽きたのだという。その方は、何年も山をまもってきたので、そのお別れが悲しく、涙が出たそうだ。そしてその大きな木が命尽きたと、周りの情景から察することができたのだという。
しかし山に住む人なら、同じ情動を持ったことだろう。
私は山娘だった。山姥であるはずの今の年齢では、山を離れてしまい、山姥の資格がなくなってしまった。父と歩いた山の香りや、樹々の色を思い出すことが多くなった。
それと同時に思い出すことがもう一つある。これは、懐かしい思い出ではなく、今でも心に引っかかっている、出来事だ。
バングラデシュに行き初めて、初めて給料を払った村の女性がいた。彼女とお仕事歴は長く、そのうちに彼女はダッカの研修所に来るメンバーになった。
しかしある時点で、村の女性たちの仕事はクリエイティブなものになり、彼女はその新しいスタイルに着いてこれなくなった。
我慢しかねて私は無情に言い放ったのだ。「もうダッカには来なくていいです」
彼女はやっとのことで、平成を装い、「OK]と答えた。翌朝、彼女の顔や目は腫れていたけれど、私の対応は非常だった。彼女こそ、一番経済的に困窮した状態にあったのだ。
その後、村の女性たちの仕事の質はよくなった。首を切られることをおそれたのだ。嘘のようによくなった。
チャリティは、好きではない、と思い始めたのはこんないきさつからだ。
しかし、この対応は正しかったのか?
今でも、まだ答えはでない。そして、きれいな風景をみるたびに、なぜか思い出す。





# by sakura_mohila | 2022-04-15 18:28 | Comments(0)  

勾玉定例

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4月9日は、定例の樫野紀元先生の論語のクラスがあって、定例の人たちの参加があった。パンデミックの影響があって、長い間お休みだったこともあり、定例の人たちと顔を合わせるだけで、嬉しいものである。
さて、その中の一人のご婦人が勾玉のアクセサリーをしておられた。
身に着けておられた方は、それほどのこだわりもなかったようであったが、たまた勾玉の意味が知りたくなった。樫野先生は、日本古来の意味をご存じでいらして、教えていただいたけれど、私の興味を引いたのは、その勾玉の形は意味を変えて、どこの文化にもあるということだ。
たとえば、エストニアではペイズリー、イスラムの文化ではマンゴウの実だったりする。いろいろな意味を見つけているけれど、その勾玉の形がどこにでもあるというのは、おもしろい。
縄文の人たちが身に着けた勾玉、今の人たちがアクセサリとして身に着ける勾玉・・・イギリスで使われる勾玉のパターンのファブリック・・・なぜ、勾玉の形なの?
そういえば、サクラモヒラのカディを織ってくれているキティッシュさんも、牛の角を加工して勾玉形にしたものを首に着けている。彼の場合は縄文の人たちと同じように、神をまとっているのだ。


# by sakura_mohila | 2022-04-13 17:46 | Comments(0)  

小さな農業

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瞬く間に、桜のピークが過ぎた。今年はゆっくり花見もせずに、あたふたと桜の時を過ごしてしまった、というこのほろにがい今年の桜の思い出。すでに桜の花の時は思い出になってしまったのだ。でも、花の時は、さまざまな花を咲かせて、実をつけている。新緑も、桜の空に負けないくらいの美しさを空に広げている。こんな時をほんとに待っていた!
世界のどこでも、こんな時を人が楽しんでいるといいねえ。
読み始めた本がある。「国連家族農業10年」(農民連編著・かもがわ出版)
人からお借りしたものだが、副題がこの本の内容を物語る。「メガファームでは、もう生き残れない」
コロナの時の3密回避を必要とする都会の生活とは裏腹に、農家の環境は広々として人がいない。大きな家に奥さんと二人で住み、農業に従事する著者の生活風景が描かれている。
メガファームはビジネスだ。都会があってこそ、成り立つスタイルだ。
このスタイルが変わって行くことができるのだろうか?
私たちの生活が変われるのだろうか?都会暮らしにどっぷり漬かっているものとしては、興味はあるけれど、半信半疑だ。
農業ではなくても、メガの単位で生産をするのは、そろそろ限界にきているかもしれない。しかし、都会の人たちはそれを受け入れる覚悟ができているのでしょうか?


# by sakura_mohila | 2022-04-12 17:17 | Comments(0)