スタートをしようとする時

久々に遠出をしたら空気が身を切るようにつきささり、寒かったけれど、こんな時の方が妙に清々しく感じられたりする。電車が遅れたり、5分遅れた、18分遅れたというアナウンスがその空気とはほんとにマッチしなかったりするものだ。
なんとサクラモヒラの村の女性たちのリーダー、カジョルレカさんからメッセンジャーにメールが入っていた。”How are you???" これだけの簡単なメールであるのは、彼女の英語力がこれでせいいっぱいのためだろう。だが、行間は読み取れる。10月に彼女たちと仕事をした時、1月頃に来るからね、と言ってきたのだ。村の女性たちのリーダーの一人、ファテマには12月に赤ちゃんが生まれたはずである。そのことをメッセンジャーで何人かに問い合わせたのだが、答えは"Thank you"である。だからほんとのことはわからない。でも行間が伝えることがある。
ファテマが、12月に出産して、1月末か2月なら、ダッカに来たい、と言っていた。えええええぇぇ!!! あのがたがた道をバスに揺られて、6時間の道をダッカまで!とこちらは思うけれど、村の女性たちはなんとも思っていない。ただし、「赤ん坊を連れてきてもよいか」と付け加えた。皆、ほんとにたくましい。自然に任せて出産をして自然に任せて子育てをしている。そして子どもをよくかわいがるけれど、過保護というのでもない。子どもの成長を楽しんでいる。
仕事を出したり、教えたり、いろいろなことを村の女性たちとしてくるのだけれど、彼女たちはどうでもいいようなことには頓着していない。それが日本側とのぎくしゃくになることもあるけれど、時々、彼女たちと会いたくもなる理由のような気がする。
文化の違いは、こちらにもさまざまなプレッシャーを与え、嫌いになって、好きになって、ということを長い年月の間にはなんども繰り返した。その長い関係が育ててくれたことは、どちらの」側にとっても大きい。
まるで日本人でもなく、まるでバングラデシュ人でもない、この感覚は時々好きだと思うときができてきた。

# by sakura_mohila | 2019-01-18 17:20 | Comments(0)  

A nostalgic meeting

A man called an electrician to have his electrical system repaired. The electrician came up. Surprisingly, the electrician used to be his playmate in the childhood. They played together, they went to the same kindergarten, primary school and junior high school.
When the work was done, they began sitting for tea, talking about whereabouts of their old mates. The topics were endless, after many years of no hearing.

The bout of remembering and the information exchange of the old mates were over, the electriciak was about to leave, stil did not knowing to end the talking, the other began to put all the sweets on the plate between them in the palstic bag to give him, as he also could not want to say good-bye. The scene looked like when they were children and the mother used to do. The electrician looked simply happy and received the pack, simply happily. Both of them are respectable social members, and the cakes that are no special kinds, seem to mean nothing. But both of them looked very happy with the cake-giving -and-receiving.

The simple human relation that was but both of them conducted very basic social activities to their heart' content.

I like the relation.

# by sakura_mohila | 2019-01-14 12:44 | ENGLISH | Comments(0)  

ちょっとレトロな午前

長いこと音信不通であった、竹馬の友とばったり再会。彼は電気工事屋さんだった。偶然小さな仕事を請け負ってやってきてくれたのが、その人であった。(ただしこれは自分の話ではなく、たまたま横にいて見聞きしていた幼馴染の人たちの場面だけれど)
仕事の後で、お茶を一服しながら「懐かしいねぇ!」と言って、そのほかの幼馴染の人たちの話が始まった。「もう何人かシンダでしょう。シンダ人知ってる?」
という経緯があって、「皆元気なうちにまた同窓会しようよ!」と、あっさり同窓会の打ちあがりができてしまった。
いろいろな懐古の話が終わって、腰をあげた時、別の一人は、皿にあった普通のお菓子を全部袋にいれて手渡した。相手もいかにも嬉しそうにお礼を言ってもらって行った。

この場面や別れる時に交わされた言葉がほんとに胸をうつ。すべてが普通だと思うけれど。
人を大切に思う姿があって、まるで良き本の1ページを読んでいるようだ。気取りもないし、なにもない。それぞれに築いた社会の地位があるのに、懐かしさだけが場面を包んだ。
こんな素朴な普通の場面、私は久々に見たけれど。

# by sakura_mohila | 2019-01-14 12:17 | Comments(0)  

12日の論語の講座

12日の樫野紀元先生の論語クラスは大きなテーマを「こんな人が成功する」ということに焦点をあてて、お話してくださいました。学んだ内容は:
1)「君子は本を務む。本立ちて道生ず」
2)「義を見て為さざるは勇無き也」
3)「不義にして富且つ貴きは、我に於いて浮雲のごとし」
4)「富と貴きは是人の欲するところ也。その道を以ってしからずんば、是を得ても処らざる    
   也」
5)其の事を善くせんと欲すれば、先ず其の器を利とす」
6)小を忍ばざれば則ち大謀を乱す」

お話の都度、都度に、参加者の方たちからコメントが入り、その実例などがこの訓に理解をほりさげています。また、孔子の生きた背景なども教えていただき、興味深いです。古代中国のつきないお話、やまと言葉のことなど、とてもおもしろく伺っています。

2月の講座は:2月9日(土)10:30~  Gallery Sakura Mohilaにて 参加費¥2000
ご自由にご参加ください。前もってお知らせくださいますようにお願いします

# by sakura_mohila | 2019-01-13 13:49 | Comments(0)  

12日のお話の会

土曜日の2時からは、いつもGallery Sakura Mohilaのテーブルを囲みながらお話の会があります。毎月第2土曜日は、10時半から樫野紀元先生の論語のクラス、2時からは平間がジャムダニ織の話をします。ともに1時間+質問タイムです。
樫野先生の論語のクラスは、孔子の言葉を学びながら、いろいろな話を展開しています。参加者の皆様方は知的好奇心が強く、さまざまな」社会の現象などが例に取り上げられて、ほんとに興味の尽きないお話の会です。時には、樫野先生もその話題に乗ってこられて、現代にあっては希少な楽しい時間を楽しむことができます。
ご興味のお有りの方は、是非ご参加ください。

12日の土曜日は、平間がジャムダニ織の歴史などをお話させていただきます。ジャムダニのことは、FBなどにもよく書いていますが、今読んでいる「incidents in the life of a slave girl」という本から、気がついたことがあります。ジャムダニは現在のバングラデシュの首都ダッカのあたりで盛んに織られていた美しい織物でした。しかし産業革命の影響で普及品が作られ、布の質が落ちるとともに、その美しい布も衰退の憂き目にあうのです。ちょうど英国がインドでしたい放題をしたように、南部の綿産業を抱えたアメリカの白人は黒人にしたい放題のことをしたのです。中学校でリンカーンと奴隷解放ということは教わりましたが、それが産業革命や普及品生産といまさらにして結びつきました。そのような見方がひとたび自分の中に生じると、いろいろな人間の歴史の中の出来事がつながりを持ってきて、いまさらながらやっとわかった自分の無知が恥ずかしいと思います。

# by sakura_mohila | 2019-01-11 14:36 | Comments(0)  

jamdani weaving

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Gallery Sakura Mohila holds "Jamdani Fair" from the 19th of January to through the 28th. From 11:00 to 18:00, Tuesday: closed

Jamdani weaving is one of the most valuable weaving in Bangladesh. It dates back around 3rd C, BC. The beauty of the cloth florished under the patronizing of the Mugal Dinasty. But it gradually became on decline: By the British colonization, the quality of the yarn got worse and the decline of the Mugal Dinasty.
Now the cloth was revivied to show us flower fields on the cloth. It requires great skill to weave, however the artisans cannot afford to earn good money, and less and less people are attracted to the art of jamdani weaving for their living.
In persian language, "jam" means flower and "dani" means vase.

The beauty of the cloth is on display at Gallery Sakura Mohila. I hope you visit the gallery to see the old flowering beauty. The place is about 3 minutes' walk from JR Omiya station.
Oshida Kenbundo book store, 3F
1-18 Miya-cho Omiya-ku Saitama-shi 330-0802
Tel:080-5008-0562

# by sakura_mohila | 2019-01-09 17:38 | Comments(0)  

ジャムダニ

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ギャラリーサクラモヒラでは、本日9日からジャムダニ織の展示をしています。ジャムダニ織はユネスコの文化遺産に登録されている織物で、バングラデシュが誇る芸術性の高い布です。その始まりは、かなり昔に遡り、ムガール王朝の文化とともに栄えました。jamというのはアラビア語で花を、daniというのは花瓶を意味します。しかし英国の植民地かにともない、次第に質が落ち、廃れていくのです。英国の植民地化の頃は、ちょうど産業革命により機械による普及品がさかんになり、糸などの質が落ちていきます。
バングラデシュの首都ダッカを中心に栄えたジャムダニ文化であるがため、「ダッカイ」と言えばジャムダニを意味したそうです。

ギャラリーに展示されているジャムダニのサリーやショールは、美しく、近年に復活を果たした喜びが踊っているかのようです。
ジャムダニ展は、1月9日から1月28日(月)。時間は11時から18時までです。火曜日は定休日。


# by sakura_mohila | 2019-01-09 16:50 | Comments(0)  

慈しむ

毎月第1日曜日は8時から、通りの商店街主催の清掃活動です。30分間ですが、参加者は拾ったごみの袋を持って、挨拶をかわします。なんでもないことのようですが、この交流の数分間は結構楽しい時間となっています。その中で、一人の、強面の方が挨拶しました。
「今年もゴミ拾い運動に参加します。人間を慈しむことは大切だと物の本に書いてありました。しかも、一人で慈しむのではなく、人と一緒に慈しむことが大切です、と。だからこの清掃活動は続けたいと思うのです」
賛同の頷きやパチパチ。この頃になると、朝の寒さが気持ちのよい寒さに変わっています。
しかし参加者の中には、あちこちのゴミ拾い運動に何年も継続して参加しておられる方がいて、今週はここ、来週はあちら、というふうに、日曜日の早朝の習慣となっておられるようです。社会で成功したポジションにおられる方も多くて、人の姿の背後が見える時もあります。同時に、ゴミを捨てて行く人もなんとなく見えます。「どこの誰かは知らないけれど」、その人となりは見えてしまうのです。
途上国では、このような活動はあるのでしょうか。自分が関わった小さな世界だけで考えるに、人の興味の対象はもっと現実的であるように見えます。上層部の人たちは、「貧しい人のために」とモーニング・コーヒーの会を開いて、お茶会はするけれど、自分の手はよごさないです。
いろいろな人たちのいろいろな姿を見ながら、果たして、サクラモヒラのアイデンティティーを築くことができるのだろうか、と、結局はそこに落ちていくのです。

# by sakura_mohila | 2019-01-06 15:15 | Comments(0)  

raison d'etre

Holliday mood is going off and business letters are coming to make advantageous start. Of course, because we are business people. Profit making is very important. However, I am producing a question to think of raison d'etre of Sakura Mohila.
How to go through the difficulties is reality of life and we try to make them settle down into a good place. It would be rather possible than finding the raison d'etre.
I guess the answer would come in its funbling process of settling down.

This year again I am determind to locate the raison d'tre of Sakura Mohila.

I hope you will also find the good base of your daily life.


# by sakura_mohila | 2019-01-05 18:01 | Comments(0)  

自分であること

家に届いたニュースレターに城みさをさんの言葉があった。彼女は100歳を過ぎて最近他界されたのだけれど、さをり織りを始められた方だ。言葉とは、「人のものを取り入れるのではなく、自分の中にあるものを見つける」という意味のことが連ねてあった。ご家族に伺った話だが、彼女はとにかくユニークであったらしい。社会的には発展的だが、家庭の中のことは少々他人が眉をしかめたらしい。
それはともかく、自分のうちにあるものとはなんでしょうか。インターネットが普及してくると、とにかく人は「ネット」にアクセスして、情報を取り出しているけれど、インターネットが普及した今となっては、意味もなくいつもサーチをして情報取り出し係をしている人は多少うんざりとしてしまう時がある。それは自分の内なるものがないからに違いない。しかし、内なるものとはなんでしょう。これこそ、とても難しい取り出し物であるように思えてなりません。
座っていても、考えていても、本を読んでさえもわからないと思うけれど、知識を蓄積しながら行動をして、その試行錯誤の中から見つけ出せるものなのかもしれません。

しかし私はサクラモヒラが、そのほんとのサクラモヒラのものを基盤として成り立っていてほしい、と願います。それがどうすればいいのか、そしてそれは何なのか、五里霧中という状況だけれど、その混沌から探し始めないといけないんだね、きっと。

# by sakura_mohila | 2019-01-05 17:41 | 日本語 | Comments(0)