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キャンディ

バングラデシュの文句をひとしきり吐き出してしまうと、また皆に会いたくなる。こんなに苛立ちを募らせているのに。
一つには、皆一生懸命だ。そして皆、心から笑う。
かくして皆から離れていると、自分の足りなさが見えてくるのだ。上から目線で物を言っていないか?彼女たちには彼女たちの文句があるかもしれない。しかし、それを抑えて、一生懸命に働く。腹から笑う。腹から「安い」という。右と左が違う復路でも、「時間がかかったのだ」
しかしこちらもふんだんにある資金ではないから、基準以下の仕事に対して彼女たちの満足のゆく支払はできない。
サクラモヒラのも始まりはチャリティであった。何も知らなかったから、あれもあげたい、これもあげたい、と思ったし、初めはそれでよかったのかもしれない。いつからか、お金を支払うようになってから、こちらの要求が始まった。向こうの要求こちらの要求も、相手に求めることに限りがない。
しかし、私はこの関わり方が好きだ。彼女たちも一生懸命かもしれないけれど、こちらも支払に四苦八苦してしのぎを削っているのだ。だからこそ一体感も生まれるし、要求も生まれている。そして対等な関係も生まれてくるのではないだろうか。

この一体感は外部の人には理解が及ばない。「途上国の人たちは…」と一般論で理解を示されると、表立って反論はしないけれど、もう会話を打ち切りにしたくなる。活動をとおして途上国に関わる人は、一般化shした表現をしない。自分の問題として意識するからだ。
いつのまにか、自分が本やなにかから借りてきた言葉で一般論を展開し、先進国目線の物言いをしなくなった。そうだよ、途上国の人になっているからね。




# by sakura_mohila | 2019-03-02 11:38 | Comments(0)  

バングラデシュの美味

スタッフたちのために、桜餅を買ってきました。和菓子やおせんべいを買う時には、いつも地元の和菓子屋さんと決めています。そこで、パックに入っていない桜餅を買いました。こう書いてから、あるフランス映画のシーンを思い出しました。ある高齢のフランス夫人は今や一人で生活しています。彼女の面倒をみてくれているのは、東ヨーロッパからの移民の中年女性です。老齢のご婦人はかたくなになり、お手伝いのだれも長続きしませんでした。今回もそんなふうにお手伝いさんに接している老齢夫人ですが、ある時、お手伝いが朝食用に、クロワッサンを買ってきました。老齢夫人の朝食はクロワッサンと紅茶、それをベッドに運ばせて朝食になるのです。そのクロワッサンを見た時、老齢夫人は言い放つのです。「私はプラスティックは食べないわ」お手伝いさんは貧しい移民の育ちです。彼女は贅沢は想像もできずに、スーパーマーケットからお手頃価格のクロワッサンを主人のために整えたのでした。彼女は買い直しに出かけます。
最後は老齢夫人は心を開き、二人を心を通わせるようになるので、ご心配なく。
しかし、昔ながらの経木に包まれたおまんじゅうや和菓子は、郷愁も運んで、おいしい味に思われるのです。私は食べ物に関して特別な感情を持った人でもなんでもありませんが、経木の中の和菓子はやはり、うれしいものです。

今回ダッカで懐かしい食べ物に遭遇しました。ドーイ、と呼ばれるヨーグルトです。初めにバングラデシュに行った時には、美食の食べ物で、裕福な家ならどこでもデザートに出されたものでした。社会の発展にともない、そのヨーグルト店は姿を消しました。ところが。ちょっと高めのスーパーでプラスティック容器に入り、清潔そうないでたちで売られていたのです。昔はテラコッタの容器の中で、作られて、それはそれで趣のあるものでした。
バングラデシュのミルク、ヨーグルト、チーズはとてもおいしいです。

# by sakura_mohila | 2019-03-01 12:47 | Comments(0)  

自然の中で

2月も終わろうとしている。私的には怒涛の年明けであったが、確定申告も一息して、やっとこれからがじっくりできるところかな、という実感がある。それにしても、自分の事務能力の乏しさを嘆くばかりだ。死ぬまで直ることはないだろうから、もう言うのもやめようか。
久々の雨。鴻巣の香文木の庭も、春の雨の中で一つ、二つと花が咲き始め、寒くても、暖かくても、春は着実に進んでいる。
香文木さんの奥様は四国は高知の山村の出身の人である。彼女の母上と彼女の妹さん、ともに90歳を過ぎて、晴れ晴れとした空の下で、農作業の合間の休みをとっている。干草が積まれているから、季節は秋にちがいない。二人とも、穏やかな表情で、遠くを見ている。山間の畑の中に二人とも溶け込んで、数年前に見せていただいた時からこの写真が忘れられなくなった。今日、たまたま、「山の裾野」という言葉を英語にしていて、奥様がその写真と取り出していらした。何度見ても、とてもよい表情の二人の人と自然との一体感。平穏な光景と顔の表情。この人間らしい生活に憧憬さえも覚えてしまうのだ。
90歳を過ぎて、農作業をできることに満足して暮す姉妹。思わず、自分の生活を返り見るのはこんな時だ。


# by sakura_mohila | 2019-02-28 18:04 | Comments(0)  

冠婚葬祭

せっかくの暖かな2月…と、思っていたら、訃報がまとまって入り、何歳になっても結構淋しい思いがする。
26年間もバングラデシュと関わっていると、かの国の冠婚葬祭をすべて経験した。お見合い、結婚式、出産、葬儀…おめでたい行事に関しては、なんでもなく溶け込めるけれど、葬儀や法事にはなかなか馴染めず、場違いな思いをすることがある。もしほんとに親しい人だったら、宗教の形式の前に、心が泣いてしまうことだろう。しかしそれほど親しくない人の葬儀は数の一人として出席するけれど、なかなかその場に溶け込んだ人にはなれず、他の参列者の人たちを観察することになってしまうのだ。
日本でもいろいろな葬儀に参列したけれど、最近、96歳の方の葬儀で、家族葬という小さな葬儀が一番印象が深かった。親戚の人たちが皆懐かしそうにいろいろな話で盛り上がっていた。
出産にいたっては、驚くべき簡易さである。出産して、翌日には新生児付きで自宅に戻っていて、自然のプロセスを経ただけ、という印象である。しかしその新生児も健やかに眠っていて、人間はたいていの事はなんとかなるのだ、と妙な自信がつく。
富裕層の家庭が新生児の誕生を祝って催したパーティーにも出席したけれど、それはほんとにお祝いの人たちがギフトを持って参列して、ご馳走をたくさん食べた。
村の裕福な人の家で、その家の長女の誕生日があった。その時にはまさかの大きなバースデイケーキが注文されて、まるでビクトリア時代に返ったかのようであった。ピンクのバラの花とペパーミント色の葉っぱで描かれた30cm四方のケーキは、カチカチのアイシングのようなもので、見て楽しんだけれど、食べる振りをするのにほんとに苦心してしまった。
いまでも、そのままあのケーキは夢を運んでいるのだろうか。ダッカのお店に行くと、おしゃれなカフェやレストランは、高級住宅街を中心ににょきにょきできているけれど、買いたいお菓子やケーキにはまだお目にかからずじまいだよね。
イスラムの国の女の子たちが、「日本のケーキ、メッチャ食べたい」と言っていたけれど、彼らのハラルフード規定に反するそうである。

# by sakura_mohila | 2019-02-25 13:21 | Comments(0)  

梅と仕立て屋

午前中、梅の林に行ってきました。
早春の光の中で、紅梅も白梅も20%くらい。香りが甘かったです。そうだよ、冷たい空気がないと梅の花も美しく見えないいんだよね。つくしの姿を探しましたが、まだのようでした。公園の木々の中にシジュウガラが遊んでいました。あんなに重さのない動きをしてみたい、とあこがれました。
ダッカに私がまだいる間に、仕立て屋が日本の荷物を航空便で送ったから、とメールがありました。ダッカで会っているのに、どうしたのだろう、と不思議な気持ちを抱えていたのですが、帰国して数日してから届いた荷物を見て驚きました。急いで造ってほしい、と頼んだ紳士用パジャマ。なぜか航空便のなかからサイズの異なるパジャマズボンばかりしか出てこない!のです。あわてて、国際電話となったのですが、このいきさつはいかにも不思議な国の物語。ガリバー旅行記にヒントを与えたとおもうことしきりです。
しかし、パジャマは、私たちが夜着にしている言葉のほうが実はあとからの名前です。もともとはインドのゆるゆるパンツがパジャマです。イギリス人たちが植民地時代にその快適さを覚え、家庭でのリラックスウェアとして定着していったのかな、と一人思っています。
と考えるならば、私の意味したパジャマはゆるゆるパンツとして、彼に理解されたのだろうとおもうわけです。
それにつけても、いそいでいるんだよ!!

# by sakura_mohila | 2019-02-24 15:14 | Comments(0)  

帰国報告5

国際便が昨日到着。EMSがあまりにも高額なので、SAL便にして、窓口で2週間くらいかかります、と言われていたけれど、実際にはEMSとほぼ同じ日数で到着して、めでたし、めでたし。
ダッカの中央郵便局の建物はフランスの影響を受けて、エレガントな印象である。庭の造りも可愛らしい。その門に荷物を持ち込むや、競ってその荷物の世話をしようとテープ巻き屋さんが集まってくる。私はいつもお願いするおじさんがいて、その人の名前を大声でシラーズさんが読んでくれる。するとおじさんは何をしていても、大きく右手をあげて応えてくれるのだ。この光景はいつ見てもなかなかいいよ。
テープ巻き屋さんは何の仕事かというと、テープを巻く仕事だ。荷を積めた箱の隅から隅までびっしりとセロハンテープをミイラのように巻きつける。どんな効用があるかって。これは盗難避けである。と言うけれど、我がテーラーレザさんはそのようなテープ巻き屋わんは利用しないから果たして効果があるかどうかは疑問である。この職業に関わる人たちは、旧郵便局員に限られていて、彼らは中の様子がわかっているから、荷物を見て、問題がなければ、中のチェックは省略で、窓口の手続きができる。思うに、旧郵便局員の再就職対策ではなかろうか。とにかく段ボールのすべての面をプラスティックテープで補強するかのようにテープを巻くのだけれど、いざその荷物が目的地に届き、開けようとすると、なかなか難しい。しかもプラスティックテープが一袋のゴミを作ってしまうのだ。
この場所は、そんなわけで、役に立たない職業の人たちがうずめく御伽の国のような場所である。このような例を一つ、二つと見るにつけ、スコットが想像を刺激されて、「ガリバー旅行記」に至ったのではないか、とついこちらの想像をめぐらせてしまうのだ。

# by sakura_mohila | 2019-02-23 14:48 | Comments(0)  

Thinking from my stay in Dhaka

Japan's early spring is beginning. When there is sun light, the world looks beautiful like Heaven, with everything wrapped up in the brilliance of the light. The night is yet cold with the dark blue and the wind is piercing. Fragrance of apricot blossoms from anywhere only tells the existance of the early spring.
From time to time I reflect my experience in terms of the villagers, the village ladies and the craftsmen in Bangladesh. I have come to grow different thought by what I went through with them and the country over these 26 years.
First I began to get involved in this business for the humane reason, just accidentally. I have been struggling and fumbling forwards the right way for my people. Medias, books and other learned people talk about the situation on their own style, and I do not think each of them is not wrong. However I am beginning to feel that all what is said as a social opinion does not hit the right place. Especially in the time when publication is getting easier. Each person publisizes effectively with good cameras and SNS... effectively choosing the effective situation.
That cannot be said false publication, but I cannot be positive about the truth. Communicating in the right way for perfect truth is almost impossible, though people try to do the best.
Cultures and the total background cannot be covered enough and the receivers of the information is not "well equipped" with enogh knowledge and intelligence.
Being involved in developing countries is not simple enough as doing goods for the needy.

# by sakura_mohila | 2019-02-22 12:48 | ENGLISH | Comments(0)  

帰国報告4

夜の会合があって、参道を新都心に向かっていたら、月がきれいだった。空気が冷たかった。昼間の春の雰囲気は太陽の光がなくなると、まだまだ冬の装いである。コートの襟を立てて歩く参道はほんとに長い道のりのように感じた。
今朝本を読んでいたら、稲盛和夫さんが京セラを世界の京セラに育て上げた心構えがかいてあった。「手の切れるような製品を」ということを掲げて物造りに取り組まれてきたのだそうだ。それは、魂の迫力のある製品という意味である。
サクラモヒラの村の女性たちがここにいたらよいのになあ、とつい考えてしまった。彼女たちにこの感覚は伝わるのだろうか?またはすでにある程度の心構えができているのだろうか?自分はどうだろうか?その心構えを以って、組織の運営にあたっているだろうか?
稲盛さんの京セラがそうだからと言って、浅はかな理解のまま相手に伝えるのはちょっと知性が乏しい。相手には相手が生きている場所の文化や環境があって、それは自分の理解を超えている。
村の女性たちの何でもない話をしたとしよう。私は単純に事実を述べたにすぎないけれど、聞く人は、「イスラムの宗教は・・・・」「途上国は・・・」という一般論で理解する。その一般論はすでに歴史のページの中に入っていたとしても。そしてその偏見を自分は確たるものに手助けしているような違和感を覚えるのだ。上から目線で途上国の人たちの習慣を見てしまいがちだけれど、それは正しいのだろうか。サクラモヒラの村の女性たちは、全員とは言わないまでも、すでに、日本にありて同情のまなざしを注ぐその人たちよりも物を造る能力は上回っているかもしれないのだ。
コンピューターによる改革のお陰を受けて、どの機関も写真入りで効果的に現地の悲惨な状況などをきれいなリーフレットにして配布するようになった。もちろんそれらは事実に違いない。でもそうに違いないのだろうか。そうかもしれない、のだろうか。以前、何もしていなかった時ほど単純に同情できなくなった。それを通して寄付をすることもなくなった。自分が村のあれこれを話した時、日本の立派な人たちが見せる反応に似た感情を覚えてしまうのだ。事実はほんとにそうなのだろうか?効果的な写真だけを見せていないだろうか?都合のよい事実を選択して見せていないだろうか?


# by sakura_mohila | 2019-02-22 11:20 | Comments(0)  

帰国報告3

2月の光の中にいると、天国の道を歩いているかのようだ。とりわけ、水と光の協奏はこの世のものとは思えない。いつまでも、いつまでも身をおいておきたい光景である。波立った水の頭に光が反射してきらきらとする様が大好きで、「水の子ら」という言葉を使って俳句にしたら、松原先生から、「自分で作った言葉は自分にしかわかりません」と注意を受けた。いろんな大切なことはすぐに忘れてしまったけれど、先生でさえそうめったにしたことのないようなこんなくだらない注意は、いつまでも貴重なことのように覚えている。あの美しい松原先生は私の中で「水の子」として連想されるのだ。その松原先生も帰らぬ人となり、馬鹿なことばかりする自分が残った。自分でつい言葉を作るもう一人の似た人は、サクラモヒラを始めたハクさんだ。彼は3ヶ国語を彼なりのやり方で操る言葉の名手だと思うけれど、自分の造語がほんとに多かった。しかし、その表現は的を射ることが多く、その表現の豊かさが大好きであった。彼にはあまりお会いすることがなくなったけれど、現在もまだお元気である。
今回のバングラデシュでの大切な仕事は、奨学生にお金を渡すことであった。残念ながら、いろいろな障害から、一人にしか渡せなかった。シードに対する利子は60000タカである。サクラモヒラの奨学生のモニールとアムジャドは自分たちの経験から、これだけのお金があるなら二人に渡してほしい、という意見をだしてきた。こちらはバングラデシュの学生生活をしらないから、なにも意見はないけれど、彼らによれば、30000タカあれば充分に勉強できるから、そのお金をできるだけ多くの学生に渡してほしい、ということであった。こちらの反論はあろうはずもなく、彼らが選んでくれた二人の学生に30000タカずつ渡すことになった。
皆忙しい時間をやりくりするので、結局は男の子だけがダッカのサクラモヒラのオフィスにこれることになった。彼は奨学金の決定後、日本に興味を持ち、日本語の勉強を始めていたが、初めから日本語で挨拶をしてきた。奨学金を渡しても、その前でも、身体全体から天国に遊びに行くかのような楽しさが溢れ出ていた。ほんとに嬉しいのだろう。
奨学金を出すことにしたのは、サクラモヒラの学校がある村の地域の大学生である。ダッカまでは時間がかかることもあり、女子学生の親御さんが危ないから、と一人で旅させることを拒否。この次に親御さんと一緒に来てもらうことになった。
私がモニールに、大学生にもなって国内の一人旅ができないようでは、勉強しても人をリードしていくことができる女性なのですか、と半分批判的に聞いたら、彼は「そんなことではない」と言っていた。大家のシラーズさんは、「相手は金持ちです。貧乏だったら、どんなところでもすぐにくるはずでしょ。ファテマがいい例です。お金になると分かったら、日本にだって一人で行ったでしょ。あなたはもっと遠いところから、年をとってもきているのに、そんな者にお金はあげないでください」と彼独特の意見を言っていた。モニールはこんな時、対立がおきないように、自分の意見は控えるタイプだ。
さて、この次はどうなるでしょうか。昨年にもお金をいただきました。利子が30000タカに達したら、もう一人奨学生を増やします。
サクラモヒラ物語の続きは、また明日です。

# by sakura_mohila | 2019-02-21 11:34 | Comments(0)  

帰国報告 2

ダッカから村への田舎道を走りながら、南国のレインツリーの並木道が、まぶしく見えた。この道をなんど往復したのだろうか。レインツリーは今、芽吹きが始まっている。
出発は早いので、運転手さんは朝食を食べずにやってくる。大家のシラーズさんも朝食を食べてこない。真面目な日本人は前の日から準備して軽食ながら、きちんとした朝食を済ませて当日にあたる。
今回の運転手さんはにこにこしておだやかで、感じのよい人だった。運転を頼みながら、居心地のよい相手である。コミラという村への距離のちょうど中間地点にあたる場所で休憩と昼食のために立ち寄ったレストラン。外観を見たときから、すぐにわかった。8年位前に、大勢をつれてスタディツアーをした時に、皆でとまったホテルだ。持ち主が変わったらしく、名前が多少変わっていた。以前は「ヌルジャハン」ホテルという名であった。その名前は、高貴な皇后様の名前であるという。ハク先生が持ち主の人と親しく、偶然ロビーで会った二人は、懐かしそうに挨拶を交わし、生きていることを喜びあっていた。今やヌルジャハンホテルはこぎれいになって、これもバングラデシュの経済力があがったためかと、推察した。朝ごはんの野菜カレーもナンも、旅行者に食べやすく、ほんとにおいしかった。
村の学校は何も変わらない。変わらない努力をしているかのようだ。変わったといえば、先生たちの加齢に合わせて、たそがれてきたかのように見えることだ。「皆、生き残るために努力をしているのに、大変なことはなぜ人に頼みこむだけなのですか。自分で動きなさい!」(渇ッ!)とは言わなかったけれど、依頼には無視をきめこんだ。(皆、必死にがんばっているんだよ!!!)
サクラモヒラの女性たちのリーダー、カジョルレカさんのご主人様が、お断りしてもしても、村の自分の家に招待したくて、学校まで来て張り付いている。お茶をご馳走になろう、と結論をだした。サクラモヒラの女性たちが全員集合している。ヴェリイ・グッド。さて無心にお茶をいただいていたら、ある話が持ち出された。村に一人の女の子がいる。お父さんもお母さんも働いているけれど、収入が低くて、高校のテキストが買えない。平間が来るからそのお金を出してもらうように、私が橋渡しをしてあげよう、という打ち合わせができているらしい。いくらですか、と聞くと、それほどの高額ではなく、それなら、彼女たちのサクラモヒラのお給料から簡単にでるではないか。まして、何人かでそのお金を出し合えば、人に、まして外人などに無心をせずとも済む話ではないか。当の女の子は緊張のあまり、笑いさえも顔にでてこない。それこそ「笑い」を大まとめにかってギフトとしてあげたいくらいだ。私の答え。「お金はあげません。仕事はあげます」(キッツ!)大家のシラーズさんは、村の人たちはビンボウですから、帰る時にはお金を少しあげてください、と常に言っていて、彼がさっとひきとった。「私があげます」というわけで、私ではなく結局はシラーズさんがそのお金をだした。とがめるわけにも行かないから、「この子にサクラモヒラの仕事をさせてください」と言って、お茶もそこそこに退散することにした。今度ダッカでトッチメテヤルカラネ。何年、お金は自分で稼いでください、と言いつづけて来たのだろう。

# by sakura_mohila | 2019-02-18 13:46 | Comments(0)