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早春の兆しの中で

ほんとにまぶしい春の光。こんなに美しい空気と光があれば、寒い風でさえも好ましく思われてくるから、勝手なモンダ!
日経の伊集院静作の連載小説を面白く読んでいる。夏目金之助や正岡子規の友情のシーンなど、まるで実際のシーンを再現しているかのようだ。羨ましく感じるのは、彼らが時間をかけて、自分の気持ちを体験できる時間を持っていることだ。
勉学も半端ではないのに、生活する、ということが疎かになっていなくて、私はこのシーンを再現している作家がすばらしいと思うのだ。

メッセンジャーにテイラーから連絡が入っていた。
"Please, please....",と、懇願の言葉から始まっている。なんだろうとよく読んでみたら、「スタッフにお金を支払わなければいけないから、早く、早く支払いをしてください」と書いてある。
ダッカの支払いは、ある信用ある現地の人に任せてある。彼は正直が大好きで、彼がいればこそ現地でお金にかんしてのドサクサもなくなっている。
日本で電話があって、ダッカでカディを買いたいという。彼にコンタクトを撮ってください、ということで話しがついた。しかし私が彼に連絡を入れる前に、運転手を稼動してカディを取りにいかれたそうである。枯葉何も聞いていない事柄なので、どろぼう系の可能性を案じて剣もほろろな扱いで断わったそうだ。
相手方は怒って、「女性蔑視だ。彼には注意しろ。」と言って来た。怒りが収まらないらしく、がたがたいろいろ言ってきたけれど、その中に、私が連絡すると約束した時間以前に取りに行った、というコメントはなにもなく、そんな些細なことを言い訳していると、けんかになるからメールのやりとりはそのままにしておいた。
ほんとに彼はいい人だ。
態度はぶっきらぼうながら、正直であることを愛している。感謝、感謝。
その彼は、私から荷物が無事に届きましたという連絡がない限り、決してお金は渡さないのだ。

しかし、テーラーも、給料を払うために、がんばるのだ、と思うと人事ではなく、同情する。このテーラーは、「情をかけていてはビジネスはできない」と日ごろから、私が村の女性たちに取っている甘い態度に助言をくれる。
そうかもしれない。人件費は作る側にとっては、ほんとに大変なことだ。
同じ日に村の若い女性から。4通もメッセージが届いた。
私が甘い態度をとっている女性だが。つたない英語で届いている。「Hello, how r u?」同じ言葉も4通あれば、ただの「How are you?」の4倍の意味を伝えるのだ。


# by sakura_mohila | 2020-01-16 11:15 | Comments(0)  

やつで

結構風当たりと日当たりのよい場所にほおってあるシンビジウムが花芽を成長させています。
ほおりっぱなしなのに、律儀に毎年レモン色の花をつけます。見るたびに、もう少し愛情を注ごう、と反省ばかり。シンビジウムのみならず、まったく、反省ばかり。利口になることがないのだろうか、とつい悲観的になってしまうのですが、それさえもすぐに忘れるありさま。まったく、どうしようもない!
とハンセイしつつも、光は春の明るさとパワーを含み、それだけでやはり嬉しく感じてしまうのだ。

昨年ミラノを旅した時、ガレリヤのとあるカフェが目隠しにやつでをプランターに植え込んでおしゃれな演出をしていました。ヨーロッパでやつでに気がついたのは初めてだったし、その使い方がおしゃれで、我が家のガーデンにも是非取り入れてく思っています。
氷川神社の近隣に住んでいて、神社のやつでは馴染みだったので、冬の花を楽しんでいましたが、今年は何本かを自分の場所に植えてみようと思います。

2月の16日から4月15日までは、ギャラリーの営業はお休みです。寂しさ半分ですが、その間に、サクラモヒラができることの道筋をしっかりと踏み固めたいです。
サクラモヒラの村の女性たちの意識が向上し、このような展開ができることは、20年前には思うことさえありませんでした。

続けてこられたことに、お礼と感謝です。振り返ってみると、つくづく思います。



# by sakura_mohila | 2020-01-10 11:38 | Comments(0)  

さいたま市文化財団の催しで「さいたま夢KANA音楽祭」というところが、サクラモヒラを通して、バングラデシュのナラヤンプール村を含むBRAMANBARIAという地域の大学生に「夢KANA奨学金」をくださっている。サクラモヒラが初めに奨学金を出した男の子の二人がカレッジの教師に育ち、彼らがその奨学金の選考やお金の管理をしてくれているのだけれど、また人数を増やせそうだ。

昨夜、メッセンジャーで作業をしていたら、奨学生の一人ARIFUL君から、ポン、ポンと世b出だしで、短いテキストを交わすことが出来た。日本語で書いてあったのは、「私の唯一の夢は日本にいくことです」
昨年までは、ひらがなだけのテキストだったから1年の進歩たるや、見上げたものだ。
「唯一」の意味がわかっているか、どうかは別にして、彼のささやかな(夢KANAさん、失礼をお許しください)奨学金が彼に夢を与えたことも確かだ。
日本がどんなに良い国に見えているのだろうか?
しかしながら、彼がダッカのオフィスに来ると、彼の細胞のすべてが生き生きとはずんでいるように感じるのだ。
さて、次はどんな子が選ばれるのだろうか?
サクラモヒラの奨学生であった、アムジャドとモニールは、真面目であることはもちろんだが、家計が苦しくて勉学に苦慮している学生、だということだ。

この奨学金は、シードマネイが生み出す利子をつかっているから、ずっと、ずっと続いていくのだ。

# by sakura_mohila | 2020-01-09 10:50 | Comments(0)  

春の色

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陽光が明るい。春を生きる陽光はこんなにもパワーがあるのだ、と部屋に差し込む日差しを見ながら、それだけで力が湧いてくるような気持ちになる。心のとげとげもこれではきえてしまうよ!
そろそろ咲いたかな、と思って、休日の火曜日、散歩の足を伸ばしてみたら、案の定さいていました。水仙。
写真に撮ったら、まわりの空気が、毅然とした色になっていて、寒いけれどこの時の空気の色がほんとに好きで、好きでたまりません。
この頃、樹木が水を吸い上げる音が聞こえる、と聞いたことがあり、聞いてみたくて、聞いてみたくて、耳を澄ますのだけれど、一向に聞くことがないまま、何年も過ぎていました。幹に耳を当てて聞くのですって!よし、来週の早朝!
しかし私がいるのは、何年も生きてきた木々の中なのだから、そのまま、「ザワッ、ザワッ」という音がきいてみたい!
それにつけても、冬の色のなんと美しいことだろうか。お池に白い鳥が浮いていた。よく見る水鳥とは違うようだが、なんという鳥だろう。
ふと、Gallery Sakura Mohilaのことに関して、いろいろなアイディアがまわり始め、今日は2時から起きだしてしまった。布や染やプリントなど、図らずも自分の人生に入ってきたものだけれど、それらに関しての本をちびりちびりと読んでいくなかで、いろいろな興味がわいてくる。
20年以上も、関わってきたナラヤンプール村の人たち。初めは違う目的で関わることになったのだけれど、今やたくさんのことをしてくれる人たちに変っている。だからこそ、いろいろなアイディアが自分の中に巡るようになったのではないだろうか。
考えてみたら、段階を踏んだのだ。次のステップに向かって。足を見つけた赤ん坊のようにね。
さて、「パワハラ」なんかしてる場合か!と自分に「カツ!」を皆を働かせなくてはならないね。

アイディアは、Gallery Sakura Mohilaにて、形にします。老骨にムチなんかいくつでも打って、やります。ムチのあとではなく、美しく咲くSAKURA MOHILAのGallery Workを見に来てくださいね。

# by sakura_mohila | 2020-01-08 04:47 | Comments(0)  

2020年の初営業にあたって

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2020年、先ずは鉢植えの植物に直行しました。
昨年の29日から、新年の4日までは、休暇でした。窓辺の日差しや、建物の空調を考えると、いささか心配でしたが、近くに住みながらも、それなりに時間に追われて、ギャラリーに水遣りにこなかったのです。
よかった、よかった!三友花は、新芽を吹いていました。コーヒーの木は、新しい芽がぐいとのびていました。オリーブは、少し堪えたらしく、触るたびに葉をはらはらと落としましたが、今はおさまりました。
生き延びた植物とともに、「今年もよろしくお願いします」

普段家を空けているので、家にいると普段と違うことをいっぱいしたくなり、その結果、あれもこれもの希望の仕事は露と消えてしまう、のです。
しかし、家でぼんやりとあれやこれやに思いをめぐらすことも、大変に楽しく有意義な仕事でした。休暇があけたら、あれもしよう、これもしよう、とサクラモヒラの計画を立てることも楽しかったです。

今日の夕方で、ナラヤンプール村小学校の子どもたちの絵の展示は終わります。「小春日和」さんというベーグルパンのカフェベーカリーでの展示に変わります。堀の内にあるおしゃれなベーカリーカフェですので、是非おでかけください。

お年賀ができています。カディのタオルで、孔雀のブロックプリントのモチーフです。
孔雀の華やかさ、誇りの高さ、強さが、今年のサクラモヒラのモットーです。孔雀のモチーフ展開、楽しみにしてくださいね。

1月10日から、ノクシカタの壁の展示が始まります。見ごたえのある針仕事を集めますから、これもお楽しみに。

さらなるお楽しみは、サクラモヒラの製品が、セール価格になっています。是非、この機会をおみのがしなきように、お出かけください。

今年もまた、お会いして、お話ができますことを楽しみにしています。
皆様の、穏やかで、健康な2020年をお祈りいたします

# by sakura_mohila | 2020-01-06 12:30 | Comments(0)  

厳寒の時に

朝6時半頃、カーテンを開けると、光が空を染め始める時である。光が見え始めるからカーテンを引くだけのことだが、朝の光の色はほんとに好きだ。
同じはずだと思うけれど、夕焼けの色とどうしてこんなに違うことができるのだろう。
朝の光は希望を運んでいる。夕焼けの光はやすらぎを持っている。
世に「夕日を見る会」なるものがはやりだそうだ(情報源は不確か)。しかし「朝日を見る会」で人が群れをなすことはないそうである(情報源は不確か)
初日を見るために人は山に登ったり、特別な場所に行ったりする。しかも日の出の寒い、寒い時間に。
朝焼けの色は、特別なことをしなくてもほんとに美しい。一人で見ても、二人で見ても…自分の好みとしては、大勢では見たくない。
夕暮れはどうだろう。夕日をみながら、その後の集いが結構楽しく、充実していそうな感じがする。気の合う人たちと見なくちゃね。
文明が始まった場所は気候のきびしい場所である。寒くて、澄んだ空気の中に生まれて育って行ったのだ、と想像すると、1月の朝のピュアな空気や寒さが好きになる。

# by sakura_mohila | 2020-01-05 11:06 | Comments(0)  

寒さによせて

輝く光の中で、寒さがやってくる。もうすぐ寒の入り。このような言葉を遣うと、寒さに対して構えてしまい、1月の厳しい印象を持ってしまいがちだけれど、実は木の芽が伸び始める時ではないか。
小さな芽を見つけては、それだけで、寒が和らぐばかりか、春が身近に感じられるから、単純なものだ。
お正月に、いつものように散歩したお寺さんで受けた接待のすばらしさを書いたけれど、あの卵の干菓子のおいしさが忘れられずに、インターネットで検索してしまったよ!
なにかにつけて、遠隔地注文をするとおもうけれど、そこに万葉集の歌があり、そのお菓子の名前の由来の歌がかいてあった。大伴旅人の梅の花の宴の時に読まれた歌がこの干菓子の名前の由来なのだそうだ。
その歌はなんてことない。こじつけっぽい歌で、あまり感銘は受けなかった。だが、すべてをひらがなで構成したその歌とひらがな表記の音が連想させる世界の優雅さは、心地よく響いて魅力的だ。
万葉集当時の人たちはどのようなお菓子を食したのだろうか?
以前に買っておいて、時間もなく、そのままにしておいた本を正月に開き始めた。SUGAR, The Grass that Changed the World, by Sanjida O'Connell という本だが、砂糖が人間の世界に浸透していく歴史を書いている。その歴史は8000年前に遡るのだが、作者は洞穴に生活していた人々から、推測を始めている。
西洋の国々は温度の関係で、サトウキビは育たない。砂糖大根が甘味原んだったようであるが、次第にサトウキビ栽培に変って、砂糖の大量消費の社会になり、砂糖が運んだ有害性のために、砂糖の消費を見直す人間社会の動向である。
しかし、ひとたび「金になる」とわかるや、人間はなんだってやるんだ!「金」だって人間が造りだしたものにすぎないのに!
そして、人手が必要になると、外部から人手を調達しようとするのも、いつの時代でも同じだ。
つい、現在の日本の社会の状況を連想してしまった。人のこととして言うのは簡単だけれど、自分もその社会の中で良くも悪くも関わるのだから、言いっぱなしだけはやめようと思います。

# by sakura_mohila | 2020-01-04 12:24 | Comments(0)  

藍について

正月仕事の合間、合間に藍について調べ始めました。
一番興味があったことは、ラフカディオ・ハーンが見た明治の生活の中にあった藍でした。「日本の面影/東洋の第1日目に」という本の中に、彼の感銘ぶりが紹介されていました。彼の直接の言葉を原文で読みたいです。
インターネットで探したら、その当時の藍染の写真もあって、なんとなく想像ができました。
というのは、親が亡くなって家を整理した時、押し入れから、そのような物がたくさん出てきたからです。子どものころに見ていた色でした。もちろん、何も知らずにただ生活のものとして見ていただけですけれど。

その後、ドイツで人造藍が開発され、安価であったがためにあれよ、あれよと広がっていったそうです。
「日本人は人造藍で便利さを買って、美しさを売ってしまいました」と彼は嘆いています。ちょうど、天然藍から人造藍に移行する時期に、彼は日本に来たようです。

日本の藍染関係の本は、ほぼこのような視点が基本になっています。藍の色素インジカンを持つ植物は、西洋よりも東洋や西アフリカにあり、とりわけインドのインディゴは美しい藍を出す植物として、世界に広まっていきました。
東インド会社を通して、西洋に流れていった藍は、歴史的に「美しい」だけでは語りきれない人間世界の問題を孕んでいます。
東洋からの搾取や奴隷問題、またイギリスにおいてさえ、遜色に携わる労働者の悲惨な状況があったようです。

ジーンズは労働着を人造藍で染めたものです。色あせも早くたちまちのうちに青を失う人造藍ですが、これでほっとした人もいることを考えると、人造藍にありがとう、と言いたくもなります。

江戸時代に普及していった藍も、わかってみると、庶民から絹の贅沢が奪われたりと、それなりの政治政策がからんでいて、時の流れにますます興味がわきました。
天然藍だの、なんだかんだと知っているような口をきいていましたけれど、今はほんとに知りたい、と思うようになりました。

英語の本には、社会の問題として藍に焦点をあてたものがあり、その視点も興味深いです。


# by sakura_mohila | 2020-01-03 10:30 | Comments(0)  

2020年のご多幸をお祈り申し上げます

新年の1日、2日は、青い空が広がっていました。差し込む光も、パワーが増して、風の冷たさを補ってくれそうです。
1日は、7時から、氷川神社参道の清掃活動に参加しました。これで6年目です。集合の時に、太陽が昇り始めて、とても気分がよいです。近隣の人たちと挨拶を交わしながらの清掃活動も、なかなかよいコミュニュケイション手段だと思っています。今年は参加者の全員がリピーターでした。
この話を、ダッカの大家さんにしたら、大いに羨ましがっていました。彼は日本のこのような側面が大好きな人です。

どうぞ、2020年は、どこまでも穏やかに広がるこの青い空に育まれて、よきものが育ちますように。果てしなく、人の笑顔が広がりますように。お祈り申し上げます。

ところで、神社の活動を終えた足で、いつものお寺さんに行きました。今年は心に深く思うところがあって、大好きな観音様と年頭の話がしたかったのです。

神社では、無料のお屠蘇が配られていました。修行中のお坊さんがお接待。お屠蘇、薬草茶(のようなもの)、お菓子のサービスでした。カップは有田焼で高坏の茶卓、菓子皿は美しい螺鈿細工入りの本漆でした。菓子も上品な美しさと静かな甘さです。すべてが洗練されていて、満足度100%。3が日中は何度行ってもいいそうです。お土産は、かわいらしい桃色の、昆布入り丸餅でした。残念なことは、無料のよいサービスがあると、人が大勢集まって、観音様と静かに話ができなかったことです。

その後、家の墓のある寺に行きました。30分くらいを歩いていきました。きれいに掃除されて、整っていて、お寺さんの格式がありましたが、人の気配がなく、先祖と話をしてきました。

2日は朝から浦和の神社まで歩きました。往復15㎞くらいながら、昔の人たちが街道を行き交う様子などを想像しながら歩きました。目的地の神社は人がいっぱいで、混みこみ。押され押されて、やっと出口にたどり着きました。昔の旅人の一日の歩く距離は30㎞くらいだったそうです。長旅をどうやって乗り切ったのか、ほんとに知りたくなりました。
昔の話と言えば、我が家の亡き父は、ことあるたびに、過去の古いものを持ち出しては、話をすることが好きでした。小さい頃に聞いた話なので、どこまで正確に覚えているかは不確かですが、数百年前の加古帳の中に、お葬式の記録がありました。お葬式に(正しい言葉がわからない!)提供してくれたものの記録のようです。「さかしたのおばば、だいこ六ほん」これもどこまで正確がわからない、自分の小さい頃の記憶です。しかしなぜか忘れることができずに、時々そのおばばは、どのような女だったのだろうと想像を巡らせるのです。

時々、自分の生活は忙しいだのなんだのとブチブチの気分の時があるのですが、彼女たちの生活の中には自分の時間などあったのでしょうか。「自分の時間」という概念はあったのでしょうか。
おばばは、ありあまっただいこ6ほんを持ってきたのだろうか、それとも義理を優先して、「えいっ!6ほんだ!!」とがんばったのでしょうか?

今年もブログを書きます。相変わらず、毒にも薬にもならないような、ばかな話中心でしょう。

よいお年をお迎えくださいますように。2019年はほんとにお世話になりました。
2020年も、精一杯、背伸びをしながら、転ばぬように、一生懸命進みます。






# by sakura_mohila | 2020-01-02 18:21 | Comments(0)  

2019年末の休暇に入ります

朝、部屋に差し込む光が、やはり違う、と確信した。パワーのある、春に向かう光が部屋一杯に差し込んでいたので、ブラインドを全部、オープンにしてしまった。
洗濯物の乾き方も違うし、明るさも違うし・・・梅の木に小さな蕾もいっぱい芽吹いている。
近くのお寺さんに立派な門松が門の両側に並んでいた。梅がほどよく蕾をつけていて、お正月にはほころびそうな按配に仕上げてある。こんなに立派な門松を納めた園芸業者は、さぞやプライドを満足させたことであろう。こんなに立派な門松はバブルの頃のデパートにさえ見たことがない。大きさ、選ばれた松、竹、梅、稲わら・・・ベストを選ぶ感覚に感謝。個人ではできません。

暮はゆっくりと墓参りに行こうか。

今日は2019年の営業最終日です。このように書いてから、「営業最終日」という日本語がよく自分の口からでたものだと感心しています。以前は言葉さえも知らなかったくらいなのに。
来年はバリバリのサクラモヒラ・ライフをがんばるぞ!
そうです。やはり、がむしゃらに進みたいです。
バングラデシュのダッカで、ナラヤンプール村で、さいたま市の中に蒔いたサクラモヒラの小さな芽が育っていくよう、一生懸命世話します。

それしかない人生、でも、それがある人生。来年も、まずはサクラモヒラの木に水遣り。
長年の夢であった、樹木が地中から水を吸い上げる、ザク、ザクという生命の音をほんとに聴きたいです。

2019年のサクラモヒラを支えてくださって、ありがとうございました。


# by sakura_mohila | 2019-12-28 12:23 | Comments(0)