カテゴリ:日本語( 17 )

 

春の訪れ

庭の陽だまりに福寿草が満開の花を見せていた。公園を通ってきたら、鶯の声を聞いた。尾長が2羽、長い尾のシルエットを見せて木の天辺に止まり、飛び去った。鳴き声が尾長の所在を知らせている。
ついに待ちわびた春が来た。けれど、もう少し寒い。早く、早く、暖房のいらない春よ来い!明日は早ひな祭りだ。今朝いつものように流しっぱなしのラジオを聴いていたら、ある年配の男性の投書が紹介されていた。「ひな祭りのころになると、お雛様を飾っていた時の母の顔を思い出す」
私の母は庭仕事が大好きで、庭に花を見つけるたびに、その方と同じように母の顔や彼女が口にした言葉を思い出す。
伝えることをことさらもっていない自分は何を残していくのだろう。
終活とかで、「捨てる、整理する、迷惑をかけない」ということは立派だとおもうけれど、それもできそうにない。残った物から偲んでもらうことがあるだろうか?それともそれも業者にお任せで効率よく整理されてしまうのだろうか。
時々、大量生産や効率性という近代のあり方を、不遜にもうっとうしく思うときがある。


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by sakura_mohila | 2018-03-02 18:21 | 日本語 | Comments(0)  

帰国しました

18日、無事帰国しました。
なによりもサクラモヒラのキーパーソン・シラーズさんが快復をしていて、いつものように空港に迎えに来てくださっていたのには、ほんとに安堵しました。しかし村の女性たちのリーダー・カジョルレカさんが腎結石で、来ることができませんでした。なにかポカンと空洞ができたような寂しさを感じました。確かめに確かめてナラヤンプール村の学校に向かったら、なんと学校は、イスラムの学校なのにヒンズーの行事によりお休みで子どもたちの姿はありませんでした。しかし、20数年前に建てた校舎や教室、渡り道や、ダッカから苗を運んだ果樹の成長を校庭にゆっくりと見回しながら、自分の気持ちの一区切りができたように思います。学校の先生たちも20年以上の付き合いになり、男の先生たちは白くなったひげや髪をヘナの赤い茶色で染めるようになっていました。
昨年にファンドを作り、この地域の大学生一人を選んで、10月に奨学金を出します。さいたま夢KANA音楽祭にご協力をいただいているので、さいたまとこの地域で授与者を発表します。この世話をしてくれるのは、サクラモヒラで奨学金を出した元学生たち二人です。彼らは今やカレッジの教師です。ファンドはずっと続いていきますから、奨学金で勉強する学生が一人、二人と増え…どのように成長していくのか楽しみにすることにいたします。
日本の学生さんたちも少しずつ関わり始めました。村の子どもたちの絵や、キーホルダーなどのグッズも人気があり、その売り上げはクレヨンや紙に変えて、教師に渡してきました。
初め、いろいろなものをあげたくて、これもあげよう、こうしてあげよう、という気持ちでいっぱいでした。しかし年月が過ぎて、相手方が、これがほしい、給料をあげてほしい、という要求だけが出始めた時、一区切りをつけました。ただあげていいことは、なにもない、ということがわかったので、子どもたちの絵を使い商品化して、「これがあなたたちの稼ぎですので、お返しします」というふうにして、売り上げを渡すように教材・文具を渡してきます。次の作品を楽しみにしながら…
サクラモヒラの大宮のオフィスがあるビルのエントランスを貸していただき、子どもたちの絵や村の女性たちの布製品を飾らせていただいています。自慢してしまうけれど、これが結構喜ばれているんだよ!
自分の意図したとおりではないけれど、このようにして村の学校も現地の人を中心にして、時代とともに変わって行くことでしょう。

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by sakura_mohila | 2018-02-20 15:31 | 日本語 | Comments(0)  

雪の日に

雪が舞い始めた。いつものように公園を歩いてくると、いつものように池の中に鳥たちが浮かび、いつものように蒲の除根作業が続いていた。淡々と受け入れている。報道だけが、「雪だ、注意しろ!」というようなことを繰り返している。
朝、これもいつものようにラジオを流していたら、北海道ののりの採取の話が聞こえてきた。興味をそそられて聞いていたら、採取用の袋を腰に巻きつけて海に出て岩に張り付いた海草をかき集めるのだそうだ。それから海苔作りの作業に入るのだという。そののりは、「のりだん」(だんのり?)(忘れてしまった!)にして食べるととてもおいしいんだって!ごはん、のり、ごはん、のりと重ねてふたをして少し蒸らす、と言っていた。採取は寒い時なので、身体の芯まで冷えてしまうと言っていたが、こちらはそれだけで怖気づくのに、その言葉も淡々としていた。
こんな話を聞くと、のりが食べたくなる。味がわからなくても、おいしいに決まっている。

ほんとうに人は何に突き動かされて、障害をものともせずに乗り越えていくのだろう。

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by sakura_mohila | 2018-01-22 11:57 | 日本語 | Comments(0)  

オフィス内の販売会お知らせ

サクラモヒラ大宮オフィスでの販売会
 9月23日~26日 1時~6時
さいたま市大宮区大門町3-205-302


ダッカのテイラーから、荷物の発送がありました。
ほどなく、到着いたします。カディコットンが気持ちのよい季節に
オフィス内の販売会を計画しました。
少々、狭いですが、大宮駅から徒歩10分以内、氷川神社の近隣の場所です。

秋に便利なショール、ワンピース、家着などがあります。
お散歩方々、是非お出かけください。
こちらの都合上、午後の販売会ですが、ご都合の悪い方はお知らせください。


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by sakura_mohila | 2017-09-19 16:56 | 日本語 | Comments(0)  

お手伝いさん

オフィスで、80歳代の人たちが集まるクラスがある。皆さん、お元気で、好奇心も強く、毎週通ってくることを楽しみにしてくださる。さて、そのクラスで、たまたま、バングラデシュの子どもの住み込みのお手伝いの話になった。私の見た限りでは、子どもの住み込みのお手伝いは減ってきている。その分、お手伝いがいないと、台所の野暮仕事や掃除や使い走りをしたことがない富裕層の人たちは半ばパニックに陥っている。もしお手伝いを見つけることができたとしても、子どもではなく、中学校を終えた子とか子育てを終えた女性などに代わっている。住み込みの人ではなくて、通いのお手伝いさんは結構普通のことである。社会の効率の悪いバングラデシュの社会では、人手がないと、子育て、家事、自分の仕事の両立、3立ができにくい。たとえばガスは火力が弱い、食料の買出しも先進国のように効率的には運ばない、交通に時間がかかる、出来合いの食べ物はないからほとんどを初めから作らなければならない、子どもの学校の送り迎えをしないと危険である、などなど、家計に少しのゆとりさえあれば、家庭にお手伝いさんがほしいであろう。そして、小さな子どものお手伝いがいなくなったのは、ほっとすることだ。
話は日本のことに飛ぶけれど、80歳代の人たちが幼少だったころには、日本だって似たような状況だったのだ。今でこそ、住み込みのお手伝いさんはいなくなったけれど、ヘルパーさんとかに名前を変えて、やはり何かのヘルプがないと、成立しない生活のスタイルだってある。
それにしても、私がサクラモヒラの仕事をしているうちに、バングラデシュでも社会が変わっていたのだ。ちっとも気がつかなかった!

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by sakura_mohila | 2017-09-15 18:14 | 日本語 | Comments(0)  

オフィスセール 初秋のカディコットン

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サクラモヒラのダッカのテイラーから、荷物発送の知らせが届きました。
ラマダンの後のイードのお祭りが終わり、皆、仕事の態勢に戻ったようです。初秋用のブラウス、ワンピースなどが届きます。
村の女性たちの製品もなかなかです。今回、ためしに作ってもらったカディコットンのショールが柔らかく、秋の日差し避けや、秋風が吹き始めた時の冷気対策として重宝しそうです。
その他、カディコットンの肌触りの良さを生かして、家庭でくつろぐための服などもできてきます。
タオルやハンカチーフの小物も日常の暮らしの中で、気持ちよく使っていただけます。
9月23、24、25、26日、土曜日から火曜日までの、1時から6時までです。
気候もよくなりました。お散歩方々、お出かけください。

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by sakura_mohila | 2017-09-13 17:16 | 日本語 | Comments(0)  

りんどうと桔梗

庭に桔梗をたくさん植えた。親の庭に咲いていた桔梗の花を思い出して、花の株を買うのだが、思うように咲かずに、また買い足してと・・・一体何株買ったことだろうか。しかしながら、結果はあまり思わしくなく、桔梗は何株もどこに植わっているのだろう、という状況である。以前住んでいた家の隣の奥様は、長野県・上田の出身でいらした。彼女は、よく、野生のりんどうの話をしてくださった。桔梗もリンドウも野生では見たことがなかったので、それ以来見たくて、見たくて、野生のりんどうと桔梗にあこがれていた。何年か前、もはやそのことをあきらめていて頭の中から抜けていたとき、日光に連れて行っていただいた。中善寺湖のあたりはほんとに好きな場所だったので、喜んで、単純に嬉しく歩いていたら、足元にりんどうを見つけた。野原で見るりんどうは、ほんとに似合う場所にあって、こういう場所で見る花は、花を見たという気がしてくる。桔梗も神社の建物に隠れるように咲いていて、その風情を見た時にはほんとに満足な気持ちになった。神社に来た人たちは、あまりその花に気がついていないけれど、たまに見つける人がいて、その前で写真を撮っていたりすると、自分の花が取られた様な気持ちになって、無邪気に写真を撮っている人が敵に見えてきたりするのだ。
ダッカに行くと、朝の散歩を楽しみにしていた。公園が近くにあったのでその公園に行くのだが、マンゴウの花が咲き、小さな実がつき、やがて大きな実になるのであろうが、収穫の時期には行かないことがほとんどである。公園にはジャックフルーツ、バナナ、ライチ、ココナツなどの実が実った。だれが食べるのだろう。自然になくなっている。ダリア、バラ、マリーゴールドなどの鮮やかな花がいつでも咲いていて、リンドウや桔梗とは違う世界がそこにはある。花がたくさん咲くから、子どもたちが次から次と花束を作って持ってきてくれた。
買ったことはないが、交通渋滞の車の隙間を売り歩く花売りの花は、園芸種である。ロジョニゴンダ、バラ・・・きれいな花束になっていて、プレゼントに買いたくなる。しかし、暑い国のバングラデシュでは、花瓶に花を飾る人はあまりいない。お金持ちは外国までも出かけていって、造花を買ってくる。彼らのインテリアなのだ。


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by sakura_mohila | 2017-09-13 16:15 | 日本語 | Comments(0)  

大宮氷川参道”Lapin"さんでの販売会

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大宮氷川参道沿い"Lapin"さんの店頭で、サクラモヒラの販売会を開催します。Lapinさんは人気のベーグル店です。参道沿いの環境のよい場所にあるので、お休みの日のお散歩に是非お出かけ下い。
カディのショール、タオル、小物があります。今回はバングラデシュ・ナラヤンプール小学校の子どもたちの絵の展示もあります。スタッフののりちゃんが、子どもたちの絵が気に入って、かわいらしい絵葉書を作ってくれました。紙の質も選んで、やさしいはがきができています。
是非お出かけください。
9/16, 17.18日、 9時~5時までです。

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by sakura_mohila | 2017-09-12 17:11 | 日本語 | Comments(0)  

雨の日

やっとすこやかに秋の光が差している。いつものように公園を通り抜けてきたら、あちこちにきのこ、きのこ、きのこ・・・そんなことも、秋の到来を想わせて、ほっとする。昨夜、日が落ちた公園の横の道路を帰路に向かっていたら、雨がしとしとこぼれるように降る中に混じって、蝉の声が雨のように道路に落ちてきていた。ほんとに疲れを知らずに鳴き続けるセミたち。
ある知り合いから面白い話を聞いた。その知り合いは、知的障碍者の授産施設を運営している。手作業をして、製品を作り、市場に出すのをめざしている。そこに通ってくる男の子がいる。彼は雨の日が大嫌いだそうだ。どんなに小さなサイズの雨模様の日であろうと、雨が降ると作業にこないのだそうだ。さて、彼の作業の成果として、支払日になった。なんとその日はざあざあ降りの雨になったそうである。職員たちはなにかと気になってはいたが、残念と思ってその日、彼が現れるとは期待していなかったそうである。
しかし彼は雨降り用に武装して来たのだ!
自分が働いたことにたいする報酬はそれだけの力を持つ。
私の村の女性たちも同じことだ。ダッカの最終日、お金を払う夜には、彼女たちのそわそわと、しかし嬉しそうな顔は争いを遠ざける。私だってつい大目に見て、支払ってしまうくらいだ。
昨夜、テイラーのレジャさんが国際電話をかけてきた。雑音のいっぱいはいる電話の向こうで一生懸命叫んでいる。「レジャさん、レジャさん」聞き覚えの日本語だから、自分に「さん」をつけるのだが、こちらもどなって、「レジャさん、うるさくて分からないからインターネットで送って!」と言ったら、簡単に「OK」だ。それくらいなら、初めからメールにしてくれればいいものを、彼はとりあえず電話をかけてくる。彼も私の支払いをほんとに待っている一人だが、今回はイードのお祭りがあったために、前金だったのだ。この喜びを電話で表現する。これって、私は好きだ。日本ではこんなことまで、ということまでもがメールになり、人とのコンタクトをまず避ける。
経済的には、バングラデシュは貧しいかもしれない。しかし、近頃、「貧しさとはどのようなことを言うのだろう」と感じることが多くなった。彼らはお祭りに親戚や友達との絆を強め、お金を使い、ご馳走を食べて、ともにしゃべり、笑いあって過ごすのだ。

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by sakura_mohila | 2017-09-08 11:36 | 日本語 | Comments(0)  

ダッカにいる時、飲み水はタンクに入った水を買っている。それをさらに煮沸して飲むことにしているが、タンクの水は生でも結構大丈夫なようだ。昔、海外が身近になり始めた頃、決して生水は飲まないようにという注意を受けて、ヨーロッパもアメリカも、どこであれ生水は飲まない習慣が身についた。今、安全な水がボトルで買えるようになり、ボトルの水を飲んでいる人が多い。
ダッカの街の渋滞は世界に名だたるものがあるが、渋滞で動けないチャンスを利用して、物売りが来ること来ること・・・花、タオル、おもちゃ、本、スナック、物乞い・・・その中に水を売り歩く男の子がいる。しかしよく見ると、水のボトルに対し、キャップが違っていて、どこから汲んだ水だろうと、だれもが思うことだろう。水を売り歩くのはたいてい男の子で、その男の子は良く見ると、身体は小さいのにおじさんの顔をしている。小さいうちから生活がかかっているのだろうか。以前は男の子のタバコ売りがいて、タバコを1本単位で売っていたものだけれど、タバコ売りは消えてしまった。
話を聴いていたら、レストランでキャップの栓がしてあるボトルを注文するのは安全だが、グラスで出てくる水は水道水の可能性がある、と話していた。野菜を買うのも、石鹸、歯磨きを買うのさえもお金のある人は外国製品を買いたがる。こちらはそこに長いこと生活をしているわけではないから、ほんとの事情は分からないけれど、きっと身の安全を脅かすなにかがあるのだろう。
安全を考え出したらきりもない。だが、水売りのおじさん少年たちは、そんなことはなにも考えずに、自動車の波の合間を移動しながら、ほぼ怪しい水を売り歩いているのだ。
生活していくって、だれしも大変だけれどね・・・


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by sakura_mohila | 2017-09-05 17:33 | 日本語 | Comments(0)