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シクラメン

カタカナでシクラメンと書くと、ラーメンの親戚みたいだけれど、実は日本ではクリスマス頃の室内鑑賞用の花だ。
今年も贈っていただいた鉢に加えて、昨年の花が咲き、部屋の中が暖かな色になった。
しかし、私は野生のシクラメンに興味がある。実際には見たことが」ないけれど、写真集を頂戴した。
それはイスラエルの岩肌である。野生のシクラメンが岩肌に赤い色をつけている。丘のように小高くなったその場所は、とても穏やかな気候のように思われる。
数年前、オーストラリアを旅した時のことを思い出す。バスツアーでメルボルンから金鉱の街パララトに行ったのだが、その時にイスラエル人のカップルと同じツアーの乗客であった。年齢も同じくらい。奥様は日本人よりも太く固いような真っ黒な長い髪の人で、旦那様はめがねの置くの目が優しく笑っている穏やかな人で、髪はほぼなかった。その奥様の喧嘩好きな感じが国際色豊かなバスの雰囲気をいささかぎくしゃくとさせていたのだけれど、私と席を隣り合わせたので、”社交性”を目一杯に保ちながら尋ねた。「お国が戦争していても、こうして旅行しているのですか?」彼女は高価そうな宝石をジャラジャラつけて、世界旅行をしているのだ。いかにも”やりて”そうな眼つきをして。
戦争は軍人がするもので、一般人は関係ないのだそうだ。

どんなところで、戦いがあるのだろう。昔のように身を賭して戦うやり方は姿を消して、今やスイッチの戦いなのかもしれない。
それとは関係なく、シクラメンの丘は、とても穏やかに花を咲かせている、そのような写真であった。
12月になると、聖書の言葉に接することも増えるけれど、イエス様はどのような道をお歩きになり、どのような家に泊まられたのであろうか。
イスラエルから輸入されたルビー種のグレイプフルーツをいただいたことがあるけれど、現実をなにも知らないからこそ、イエス様と関連して想像を広げてしまうのだ。
ルカ伝のクリスマスの場面を読みたくなった。

# by sakura_mohila | 2019-12-09 11:58 | Comments(0)  

返事

起床は5時だが、今朝に限って何度も、日にちを確かめてしまった。何度確かめても12月8日。
そうだ、もう12月8日なのだ。
ドラマのように過ぎていった、12月の1週間!新年を迎えるのも、夢のような速さであろう。
少し、仕事上で気に病むことがあり、いつものお寺さんの「かんのんさま」のお顔をゆっくりと眺めてしまったよ。二人で話をしているようにね。この「かんのんさま」は、華やかで、強くて、穏やかで、美しくて、大好きな”友人”なのだ。

家に帰って、メールを見たら、サクラモヒラの村の女性からFBの友だちリクエストが届いている。顔写真が載っていない。両手をカップのように胸の前に置き、お祈りのロザリオのようなものをその手のカップに受けている。手とベールからはみ出た髪形から、私の村の女性かどうか判断せよ、とか。
かの国は同姓同名が多いから、問い合わせた。「あなたはサクラモヒラの女性ですか?」
返事がないけど、予想ができた。彼女は、仕事をしていてその場で名前をよんでも、5秒を経過しないと、返事が返ってこないタイプの若い女性だ。だから、FBの簡単な問い合わせも、1ヶ月くらいは待つつもりでいるのだけれど・・・ 
問い合わせ。
無言の答え。
向こうからの問い合わせ。返事。無言の答え。
これはバングラデシュの村の女性たちとのやりとりでは、普通のことだ。だからサイバーディスカッションなるものは、できるはずなのに、できたことがない。自分たちは、外国で働く家族と、スマートフォンで、ビデオをやりとりして、会話をしているのに・・・
しかし、こちらにも問題がある。古いコンピューターを使っているので、ナラヤンプール村小学校の卒業生とかが、一生懸命呼んでくれても、受け取って、音の会話をすることができないのでした!
しかし、今後はコンピューターのやりとりで、勧める方法も取り入れたいと考え始めた。
1台、新しいヴァージョンを買わなくてはね!

# by sakura_mohila | 2019-12-08 15:17 | Comments(0)  

秩父の端材

秩父の端材で、木工品を作っておられるBuhenさんのワークショップの2回目があります。
1回目は、ペンダントとオルゴールでした。
実は大のオルゴール好きなので、楽しみに参加を待っていました。その結果、秩父の桜の木で、メリーゴウラウンドのオルゴールを作りました。曲は「君を乗せて」
ちょっと気に入っています。
クリスマスのギフトに使うつもりでしたが、やはり自分で使うことにしました。

一昨年亡くなった友人が曲をオルゴールに作っていました。
賛美歌もオルゴールで、作って、手回しにしてオルゴールをならしていました。彼女と偶然に過ごすことになったクリスマスとオルゴールの賛美歌が思い出されます。

私はキリスト教の学校で教育を受け、信者ではないにしても、クリスマスの月はさまざまな行事や出会いを経験してきたので、12月はそのようなことが特別に感じます。
寒いからこそ発生する人間の行事があるものですね。

# by sakura_mohila | 2019-12-07 15:36 | Comments(0)  

カフェ

日がほんとに短くなりました。でも、もっと短くなって、暗い暮れの時になるのだ、と思うと、なんだか不思議な気持ちになります。若かった頃、冬の今頃がいちばん暗い気持ちになりました。
冬のセールで華やいだ物をかったり、パーティでわいわいやったり、はこの時期こそ必要なことのように思われます。
クリスマスの頃、フランスを旅した時、ホテルに毛皮を着た女性がディナーにやってきて、見とれてしまいました。あの贅沢な雰囲気!
自分の今の生活は、贅沢は敵でもないのに、贅沢を選択するという要素がなにもなく、ちょっと淋しい気がしています。
時々、きれいな景色の見えるおしゃれなカフェで、おいしいコーヒーを嗜みたい、と切望しますが、まず、自分にはゆっくりとできる時間がない。できたとしても、自分の好むおしゃれなカフェがあまりない、と思うときがあります。
私にとって、おしゃれなカフェとは、自然がある、内装がシンプルで美的である、カップがいい、静かである、ことなどです。あったらすぐさま飛んでいって、ゆっくりお茶を楽しみたいよ!!!
と夢見つつ、また理性が戻ったりしてくるのです。
バングラデシュで打ち合わせをする必要があり、その人は空港から自分のアパートの間に住む人だったので、そこで打ち合わせましょう、ということになりました。実際には、バングラデシュにはそのような場所がなく、彼女の家に行くことになりました。そのために、彼女の盛大なお接待が生じたい次第。
ダッカのアパートで、村の女性たちと何日かの寝食を共にするのですが、彼女たちが村に帰ってほっとした一時を、理想のカフェに行き、おいしいコーヒーか小さなグラスのワインを楽しみたい、と渇望しても、オトトイデテオイデ、と言われてしまいそうです(言う人はいないけど・・・)
結局、自分の家がそれに一番ちかいように思えるのですが、冬の日当たりのぜいたくも、ものかは。自分の家にはそのような贅沢タイムに居たことはなく・・・
しかし、見方を変えれば、バングラデシュの女性たちは、どうやってほっとする時間を見つけているのでしょうか。
近年、高級商店街には、アメリカ流のカフェができているけれど、アクセスが大変だし、普通の場合、お抱え運転手つきの車のある家ではないと、実現は難しいんじゃない?

# by sakura_mohila | 2019-12-06 13:00 | Comments(0)  

もの作り

冷たい雨の日。郵便局で、7~8人くらいの列に並んだら、1万円を手に持ったおじさんが、「オネエサン、今日は寒いね」とにこにこと話しかけてきた。「冬ですものねえ」まだ何か言っているけれど、私は近頃耳が遠くなったのか、よく聞き取れなかった。順番が回ってきて、朝の郵便局の会話はこれでおしまい。

真夜中近くの深夜便で、二人の若い職人さんが話していた。メモをしていないので、お名前は忘れてしまった。
一人は染の、もう一人は江戸切子の職人さんである。二人とも感受性が豊かな人だったのかもしれない。初めから職人さんを目指したというよりは、厳しい旅路を経て、その道で賞を取り、その道を歩む決心をされた人たちであるかのようだった。
聴いていて、彼らの言葉がほんとによく理解できるし、言葉が足りないとしても、状況が伝わってきて、このような物を作る人たちの言葉をほんとに探したくなった。
自分はものを作ることがほんとに苦手である。不器用だし、今はなによりも、「時間がない」を錦の御旗のごとくの言い訳にしている。認めたくないけれど、繊細な情感も乏しい感じがする。
でも、物を作る人は大好きになった。共感を得ることも多くなった。
米、野菜に始まり、工芸品、手芸品と物を作る、という態度の人がほんとに好きな気がする。
サクラモヒラの村の女性たちがダッカの仕事場にいる時、たまにホットケーキを焼く。皆、無駄なものなど何も食べずに働き通すので、おやつの意味もあり、日本からのインスタントのミックスを焼くだけだけれど、皆、ほんとのご馳走のようにして、全部平らげる。ファテマは子どもたちがまだ小さいので、私がホットケーキを焼くさまを、目力のある目で見ている。いくら見たって、インスタント・ミックスだから、コツなどあろうほずがないけれど、子どもたちに食べさせてやりたいのだ。
私の母だって、子どもたちに食べさせたくて、重曹で膨らませたホットケーキを焼いてくれた。母は、料理に感心が高く、好奇心が強かったので、当時の田舎暮らしでも、西洋料理をたくさん作った。
彼女は服も作ったし、編み物をしたし、着物も作った。当時の女性は大方そうであったことだろう。
コックリ、コックリとよなべをしながら、それでも物はできあがっていったから、昔の人たちの根性はすごいね。

サクラモヒラの村の女性たちも、私の母も、出来上がった時の満足した表情は変わらない。



# by sakura_mohila | 2019-12-02 17:00 | Comments(0)  

アフリカ

アフリカは遠い。マダガスカル島にはフランスから12時間もかかるそうだ。南アフリカ共和国も遠い。何年か前に、南アフリカのヨハネスブルグに住む白人の人と同じ旅行バスのに隣り合わせたことがあるけれど、彼はジャーナリストで、シドニーからキャンベラに向かうバスの中で、何度も何度も、「ヨハネスブルグの気候は最高だ」と言っていた。ニュージーランドに移住を決めたのだが、その前にオーストラリア旅行を楽しんでいたのだ。
そんないきさつから、彼とは何時間もバスの中で話をして、南アフリカ共和国のことを漠然と聞き知ってはいたのだが、
南アフリカ共和国のテーブルに並ぶ、ルイボスティー、オリーブオイルなどの味もとても興味がわく。特に、ルイボスティは自生する木から採取したお茶の葉だそうだ。思わず、アフリカの青空の香りがするような感覚に包まれる。
青い空や、汚染されていない空気、緑なす山々。
アフリカのいくつかの国々は、フランスの植民地だったこともあり、フランスからはピレネーを越えるといける、と簡単に考えていたけれど、12時間もかかるとはねえ。

# by sakura_mohila | 2019-11-27 16:23 | Comments(0)  

今朝も雨だ!
冬支度が、具体的に進むようになってきた。
「途上国マーケット」の会場は、キルギスやネパールの暖かそうなものあり、アフリカやアジアの気候に似合うものあり、と冬支度のことなど忘れてしまうのだけれど、一つ気がついたことがあった。
どの国にも藍の染めがあり、国によって少しずつ藍色のニュアンスが違っている。
しかし、皆、藍染めの製品を持っているのだ。
日本人だから、藍を好み、たまたま藍の製品が集まったのだろうか?
ラフカディオ・ハーンが日本に赴任してきた時、江戸の街を見て、どこを見ても藍の色だが、とてもきれいだ」と言ったそうだ。彼が見た藍の街にはどのような藍の生活があったのだろうか?

そのようなことを考えながら、あちこちの国の藍の色を見ていると、歴史のページがどんどんまして、とても楽しい。


# by sakura_mohila | 2019-11-23 11:35 | Comments(0)  

途上国のマーケット

22日、11時から、「途上国のマーケット」が始まります。
今回で3回目になりました。ギャラリーの新しい場所をお借りする時、「途上国のマーケット」で、カーテンを開けました。
出展者の方たちが、きびきびとインストールに余念がなく、活力があります。

それぞれの国からの工芸品を見ると、その場所の背後や人人の生活さえも垣間見えて、空気が建物の壁を越えて広がっていくような感じがします。
また集まっておられる人たちも、バイリンガル、トライリンガルで、空気が地球の向こうに漂っていきそうな動感さえも感じます。
23日、24日の2時からは、それぞれ口琴、パンフルートのミニライブがあります。
貴重な演奏会ですので、お聞きのがしないよう、ご案内です。

# by sakura_mohila | 2019-11-22 11:13 | Comments(0)  

りんご

朝、洗濯物を干していたら、ビルの谷間にちょうど光があたって、氷川参道のケヤキが黄色く光っている光景が目に入ってきた。光があるだけで、ほんとに天国のような風景になってしまうんだ!まだ天国には行ったことがないけれど。
朝焼けの色を見るたびに、「枕草子」のページをめくりたくなる。清少納言とはお友だちでもなんでもないけれど、彼女の感性はいつもすばらしいと思ってしまうのだ。
古い本棚を探してみたけれど、何年も親しんだ「枕草子」はどこに行ってしまったのだろうか。ギャラリーは、本屋さんの3階にあるから、買うのは簡単かも知れないけれど・・・
でも、亡くなった母からもらった汚れた本が読みたい、とか思ったりしてね。母は公民館で、古典文学を教えていた。といっても、北陸の田舎町の小さな公民館で、さしての高等教育を受けたわけではなく、好きこそ物の上手なれ、程度の知識で若い人たちに教えていたのかもしれない。母は田舎の文学オバチャンだったのだ!
しかし母から聞いた、吉屋信子、与謝野晶子などの作家の名前で、自分も時代を超えて当時の文学に親しむことができたし、源氏や枕草子や、当時の西洋の話などを読み聞かせてもらったことは、懐かしく思い出す。
それとともに、母が雪の日に作ってくれたシャーベットや、麦藁の蛍籠を持って蛍狩に行ったことや、西洋料理などが、懐かしい。味は覚えていないのに、楽しい記憶として自分の歴史のページを作っている。

仕事の現場にいて、そのような心の遊びが自分にはあるだろうか、とふと省みる。
田舎の大家族だったから、そんな遊び心満載の母は、よく姑から叱られていたなあ!
父も母の遊び心を支えていた。
そのような、人間のゆとりが私にはたりないのではなかろうか?。
ああでもない、こうでもない、と反省ばかりしていてもダメカ

# by sakura_mohila | 2019-11-21 11:23 | Comments(0)  

修理

日暮れが早くなった。あと一ヶ月くらいも早くなり続ける、と想像して、信じられなくなった。どれほどまでに、日が短くなるのだろうか。

今朝、ミシンの修理屋さんにきてもらった。
今時、ミシンの修理をする人はほんとに少なくなって、修理だけでは生活できなくなったそうだ。彼は、ミシン屋さんに週3日働き、後は店を持たずに出張の修理をして、後の二日は代々の農業をしているそうだ。農業は息子さんがおじいさんから手ほどきを受け、引き継いでいるのだという。
修理が利くのは、私たちの母親の世代が使っていたミシンで、あの足踏み、直線縫いのミシンは永遠に修理が利いて使えるらしい。
サクラモヒラの村の女性たちが、ミシンを買い換えたという話を聞かないのは、そういうことか。
そして、以前にも書いたけれど、ミシンが調子が悪くなった時、テイラーのレザさんのミシンのメンテナンス係が来て、螺子を全部取り外し、ゆがみを直して動くようにしてくれたのだ。
修理して使うというのは、喜びでもあるが、お店で、修理よりは新品を買ったほうがお得です、と言われると、それも複雑な心境になるから、まったく根性がすわっていない。




# by sakura_mohila | 2019-11-18 17:08 | Comments(0)