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短調の言葉

帰りがけに、ビルの間に見えた月がきれいだったので、ちゃんと見たいと思い、ベランダから眺めてみたら、ちょうど雲から顔を出して、すぐにまた雲の陰に隠れてしまった。2時間して、また見ようとしたけれど、今度は雲の陰から光が見えて、金色の月はもう見ることができなかった。丸いお月様だったのに。
それにつけても、「十五夜お月さん、姉様は十五でお嫁に行きました」と短調で歌う童謡があったことは、とても詩情があると思うけれど。

藤田桜という絵本画家の絵をみていたら、懐かしい気持ちになった。同様を布絵にしたものがあり、その中に、「♪かえるつばめは きのはのおふねね なみにゆられりゃ おふねもゆれるね ササゆれるね♪」の詩があった。なぜ知っていたのかわからないくらいに、記憶にない歌だが、自然にメロディが口をついてでてきたから、きっとよく歌っていたのだろう。
彼女は40年くらいをイタリアで暮らし、高齢になって現在は日本に戻られたそうだ。ご主人ともども、90歳前後にして、まだ減益の画家さんたちである。
藤田桜さんの布絵は、このつばめの詩のようにどこかやさしい情感が漂う。加齢とともに、イタリア気質を受け入れることが難儀になり、日本に帰ることを決断なさったそうである。それも地方の小さな場所に。
動揺の歌詞は、どれも、こんなに優しい表現が普通によくできるね、と感心することが多くなった。そしてそのような言葉を話してみたいと思うのに、なかなか難しい。
何が違ってきたのだろう?自分の親たちは果たして、そのように優しい表現をしていたのだろうか。

時々、自分が発する強い口調の言葉を、深く反省するようになった。

# by sakura_mohila | 2019-10-14 16:15 | Comments(0)  

Book shops

ミラノとジェノアを歩いていて、本屋さんがとてもおしゃれであることに気がついた。言うなれば、
おしゃれなカフェで、おいしいコーヒーのために、座っているような雰囲気がある。つい入ってみたくなり、ふらふらと入っていくけれど、
期待が裏切られることはなく、本はさておいても、おしゃれなグッズが必ずやみつかるのだ。
かなり前になると思うけれど、初めてAmazon.comが出現した時、インターネットもまだ今ほどの普及もなかったけれど、それでも慣れないインターネットを使って恐る恐る、そして次第に大胆に、洋書を注文するようになった。
洋書や古い版画のカレンダー、バレエの音楽や写真などを手に入れるたびに、こんなに簡単にヨーロッパやアメリカのものが手に入ることが喜びだった。
手紙で注文して、忘れたころに郵送されてくる本とは大違いではないか。
今はなるべく近くの本屋さんで買う。重いし、インターネットの画面が見えにくくなってきている。

ヨーロッパで見る本屋さんは、紙の藝術屋のような趣があって、それがすきなのかもしれない。
ただ入るだけでも楽しい。考えてみたら、日本にいる時にはいつも時間に追われて、欲しい本をぱっと探して、さっさと帰る、という自分のパターンではないか。
しかし違いはなんだろう。ダッカでは、まだおしゃれなカフェの雰囲気のある本屋さんに出会ったことがないんだよね。雑然とひたすら本が並んではいるけれど・・・


# by sakura_mohila | 2019-10-13 13:08 | Comments(0)  

自然とともに

朝早く、荒川の土手沿いに車を走らせて見た。
富士山が、澄んだ秋の空にくっきりと見えて、あちこちの山々もほんとにきれいだった。
昨夜、荒川や芝川の雨量に関して、何度かアラームの情報があったので、確かめてみようと思ったのだが、荒川の水にはほんとに驚いた。
暗闇にあの水が押し寄せてきたら、さぞかし不気味で恐ろしかったことだろう。近くの人たちは夜が明けて、ほっとしているに違いない。
恐ろしい姿もあるのが、自然なのだ。ほんとに心しなくてはいけないね。
人のいない台風の街に、また人が戻って、命がよみがえったようにほっとする。

こんなふうに考えてみると、今はほんとに大切だ。よい時も、悪い時も今だ。
加齢とともに、今の大切さがわかるようになった。


# by sakura_mohila | 2019-10-13 12:22 | Comments(0)  

帰国しました

ミラノとジェノアで、1週間を過ごして、帰国しました。
ジェノアでは、アパートメントを借りました。古い街のあちこちと人の生活は、見ても、見てもあきることがなく、旅には終わりがあって、ほんとに救われたと思います。古い街は、街角のどこにも古くからの物語があって、そのようなものを読んでいると、浦島太郎の親戚になったような時間が過ぎてゆくでしょう。
人がすれ違うことができない石畳の通りを歩いていると、当時の土木技術が忍ばれますし、両側の家の生活までもがのぞいてみたい対象になってしまいそうです。しかし、現在もその生活は続いていて、内装こそは変わったけれど、表向きの石の壁は当時のままです。
いろいろなことを連想しながら、その石畳の路地から路地へと進んでいると、なんだか違和感のある短い通りに出ました。ゆっくりと分かってきたことは、娼婦の通りなのだ、ということです。昼間でしたが、街角に立ったり、座ったりしているその女性たちは、後ろめたさもなく、ごく自然に営業しているふうでした。それで、こちらも、見てはいけないものの前を通るのではなく、普通に通りを通りました。おもしろかったです。
小銭が必要になり、カフェでコーヒーを飲もうと思いました。すると、初老に見える女性がなにやら難しそうな話をしてきます。どうやら、ホームレスの外国人で、ただの物乞いではなく、哲学的になにかを訴えているようです。
店主が、「ふ、ふ」と笑って、コーヒーをあげました。その笑い方から判断して、「ごもっとも」と言っているかのようでした。コーヒーがカップに入る間、他の客も、なんだ、かんだとふつうの会話をしています。
用事を終えて、そのカフェを見たら、件の初老の女性は外のカフェ席にゆったりと座り、コーヒーを飲みながら、ゆったりとたばこをくゆらせていました。
1時間後に、その場所を通ったら、まだ、ゆったりと座っていました。
翌日、少々期待してそのカフェの前を通りましたが、その女性はもういませんでした。

その同じ主要駅から数分の場所に小さなスーパーマーケットがありました。食料品専門です。その入り口とならんで、ふとんや毛布が積まれています。初めは、ごみ収集所かとおもいましたが、何度か通るうちに、それはどなたかの正式登録されていない住所であることに気が付きました。
ある時、通ったら、その食料品店で買ったかもしれないような、パンやケーキが袋に入れられて、布団の上においてありました。
こんな裏話、とてもおもしろかったです。



# by sakura_mohila | 2019-10-11 16:50 | Comments(0)  

野菜

知り合いの畑から、茄子とピーマンが届いた。
袋を開けたとたんに入ってくる、ピーマンと茄子の香り。はちきれんばかりに瑞々しい茄子の紺色。
生でたべることにしました。おいしかったです。
八百屋さんの店先に山盛りの野菜が、このように香りを放っていたら、どうなるのだろう。

ダッカに滞在する時は、外人でも買いやすいスーパーマーケットに行きます。正直、野菜は黒くなっていたり、しなびていたり・・・ですが、この場所が買いやすいのです。
例えば、生姜1掛け、ピーマン2個、お米1k等々、土地の人たちとは、買う単位がちがうのですが、それでもこのスーパーでは買えるので、逆に言えば、ここしかない。
店員さんたちも初めは戸惑い顔でしたが、次第に慣れて、今は普通に計りにかけてくれます。
ダッカでおいしいものは、チーズとヨーグルトだと思います。日本のチーズが、いかにもまだ乳製品を食べなれていない国のような味であるのに対して、バングラデシュのチーズとヨーグルトは、こなれて自国の味になっていて、とてもおいしい。

# by sakura_mohila | 2019-09-30 15:10 | Comments(0)  

状況の変化

我が家の窓から、今頃限定で日の出が見える。
太陽が顔を出し始めてから、全容を現すまで、それほど長い時間がかかるわけではないが、ぐいぐいというリズムの中で昇る感じがする。あの力強さに、心から魅了されてしまうのだ。
ダッカから帰ってくると、あれもし足りなかった、これもできなかった、という事柄が次々とでてくる。かりにその仕事場が自分の生活している場所であったなら、予定を組んで、少し」ずつできるだろう。だが、1週間くらいの間にすることは、ほんとに限られる。自分の予定を組んだとしても、相手はそのペースでは動けないことが多い。そしてサクラモヒラの場合、生産のほとんどはバングラデシュなのだ。
しかも、こちらで意図したことと、同じには撮っていない相手方があって、できあがった結果に唖然とすることもある。

必ずと言っていいくらい、生産のリストに入っている製品があった。こちらはいつも通りで、という指示をだしたのだが、その製品には大小があって、どうやら私は大の製品を指差して、「いつも通り」と言ったらしい。できてきた結果は「大」ばかり。こんなのなにもいつも通りじゃないでしょう!と怒ったところで、次にダッカに来る会まではどうにもならないのだ。
ダッカに女性たちを呼ぶことにかんしても、すでに何年間かが経過し、このシステムをそろそろ見直してもいいのかもしれない。
一つ歯車が合わなくなると、次から次と、変な結果が生じてくるのだ。
そんなわけで、今回は少々「へこみ」モードの「after Dhaka」である。
これは問題をつきつけられたということだから、対処するしかないが、それにしても、私のお粗末なベンガル語がうらめしい。
それでも、やるか!(渇ッ!)

# by sakura_mohila | 2019-09-28 17:37 | Comments(0)  

社会と成長

帰国を待つように、大きな問題が次々と起こったけれど、なんとか落ち着くところに落ち着いて、少しずつ前の生活の中に入り始めた。
朝5時前のことだけれど、我が家の窓から日が昇るのが彼方に見える。朝日なので、希望を放つ光ではあるけれど、刻々と変化する光は、毎朝見ても、あきることがない。近くのお寺さんに散歩したら、お寺さんの人に銀杏の実をいただいた。
最近の習慣ではあるが、このお寺さんと蓮の花、仏像が、自分を和ませる。仏像は何体かあるけれど、それぞれのお顔がユニークで、いろいろな想像が駆け巡り、ほんとに好きな場所になった。
朝早い時間なので、だいたいいらしている方たちも同じ人で、顔馴染みになった。しかしご利益の話題はでても、お顔が云々の話題はでないので、この話題は自分との対話の話題としておこう。
蓮の花が終わり、何か淋しくなったお寺さんのお庭ではあるけれど。
ダッカから帰国する日は、いつも国際荷物を送り出す。中央郵便局から送り出すのだが、この建物はすばらしい建築である。その昔、フランスが作った建物らしく、インドに住まうヨーロッパ人が住みそうな建物である。天井も高く、ほんとにいつも200年前に戻ったように思うのだ

# by sakura_mohila | 2019-09-26 11:35 | Comments(0)  

帰国しました

9月18日、ダッカから帰国しました。
いろいろなことがあり、ブログのアクセスが今頃になってしまいました。
帰国を待っていたかのように、訪ねてくださった方があり、嬉しくも、恐縮しています。
ダッカから持ち帰った村のグッズ、準備が整いました。サクラモヒラの村の女性たちの成長、なんだかんだは常にあっても、嬉しいです。

日本のスタッフが小さな製品ですが、簡単だけれど制作に時間がかかるので、村の女性たちに作ってもらうようにした、という決定をくだしました。私は軽く、引き受けていました。
いざ、カジョルレカさんにその製品を作ってもらおうとしたら、いとも簡単にサンプルを作って、「これでいいか」とチェックを求めてきました。もちろん、それでいいです。
彼女たちが買えるときになりました。注文を受けた材料の大きなかばんを持って、大変な重さの荷物です。さらに一人は赤ん坊を連れてくるので、赤ん坊以外の人たちは持ちきれない荷物の量です。バスで村に着いた時には、ご主人たちが停車場まで迎えに来てくれているでしょう。しかし、ダッカの街を彼女たちはあの荷物を抱えて、リクシャ、CNGと乗りついで、バスの停車場に向かうのです。もちろん赤ちゃんもいっしょに。
大きな荷物を持っているので、乗り物も限定されます。

宅配便もないし、仮にあったとしても、彼女たちはお金をかけません。

なぜ、簡単に村の女性にやってもらおう、と言うのだろうと疑問になりました。

初期のころは、彼女たちができることはほんとに少なく、どんな仕事でもあれば、引き受け、その仕事がもたらしてくれる収入を喜びました。
今や、日本のスタッフと同等の力を持つ彼女たち。考え方を返る時がきているのではないだろうか。
生産性のないのはむしろ日本側であるかもしれないのです。
サクラモヒラの村の女性たちに恥じないように、効率よく、確かな仕事を心がけたい、と思いました。

明日から少しずつ、サクラモヒラのダッカの側のことを書こうと思います。


# by sakura_mohila | 2019-09-23 15:57 | Comments(0)  

明日からダッカです

台風が去った。夜中の風も音をとても不気味に思いながら、通過することをじっと待っていた。
やがては、過ぎ去るんだね。今は青空が広がっている。
昨日はちょっと凹みの現実があり、とても凹んでいた。でも、やがて青空が来るんだ、と思うことにした。どんな時でもまずは、やがて青空が来るんだ、と言い聞かせることにしよう。
太陽に輝く青空はとてもきれいだ!

今日の夜、ダッカに発ちます。そうなると、思い出すのはいつもサクラモヒラの村の女性たち。皆も、いろいろな心情を通り越しながら、いつかは青空がくるんだ、と思う日もあるのだろう。
特に、お金がからむと、その関係は複雑だ。相手は労なくたくさんのお金がほしい、こちらは労はあたりまえ。しかし労があったとはいえ、仕事の質が悪ければ、たくさんのお金はだしたくない。この関係は、今やとてもむずかしい。以前は村の女性たちの仕事は情で買わなければ、お金がからまなかった。今や彼女たちの仕事は、向上し、本人たちもプライドを持つようにそだったから、その値段の交渉は迫力に満ち満ちている。手仕事だから当然時間はかかるが、村の女性たちは、地元の値段を越えてお金がほしいのだ。
情で買い取った、バブルの味を忘れさせるのはほんとにむずかしいことだ。しかしなんだかんだと言いながら、待っていてくれるから、そのなんだかんだ、の感覚は彼女たちと事なかれ主義の日本人の間には温度差があるかもしれない。
しかしこちらだって、今やありあまるお金ではないから、必死で、現地価格におろそうとする。大変だ労力だとは分かっていても・・・
日本だって同じこととかもしれない。休みもたくさんあって、仕事の時間は短く、労力は少なく、そのわりに賃金が補償されていれば、あとはその傾向を続ければいいだけではないか。
しかし、中小企業ではその理想は、絵に描いたもちだ。皆、苦労しておられることだろう。
そのなかで、残っていくことはなんだろうか?
以前は、質のことばかり考えていた。今は賃金の価値をとても考えるようになった。
18日に帰国します。
スタッフがいますので、Gallery Sakura Mohilaは平常と同じ運営です。
ご愛顧、ありがとうございます。

# by sakura_mohila | 2019-09-09 13:50 | Comments(0)  

日曜日の朝

「音楽の泉」という音楽番組が、日曜日の朝8時からあるけれど、その番組が70年を過ぎたそうだ。皆川先生もすでに30年を超す年月を担当されたそうだ。
その昔、大学時代に皆川先生の宗教音楽に関してのお講義を受けたことを思い出した。どうでもよいことだけはきちんと覚えているけれど、肝心なことはきれいに忘れてしまうのは、子どものころも、大学時代も今もなにも変わっていないようだ。ま、いいか。頭がパンクしないように自然に機能するからにちがいない。しかし、その時間に家にいることができる日曜日は、「音楽の泉」にチューニングすることを忘れない。そして日曜日の8時に予定を持ってくる人がゲジゲジゲンゴロウのように見えてしまい、相手の顔なども忘れない。

7日の土曜日は、母校の卒業生のための日で、バザーがあった。そのバザーに参加しながら、懐かしい人たちと挨拶ができてほんとにうれしかった。サクラモヒラのようなチャリティ系のことをしていると、学校ぐるみで応援してくれるような土壌があり、卒業してから、この大学がほんとに好きになっている。校舎も、ロッカーも、大学時代に使っていたままに手入れされていて、あちこちがほんとに懐かしい。時々行きたくなる場所である。だから、こうして年に一回、卒業生たちが集まってくるのも、心からよくわかる。

たまたま読んだ偶然がおもしろかったので、そのことをかくことにしよう。"Les Catacombes de Paris"は今や納骨堂ミュージアムだが、2回書いたと思うが、この納骨場所は18世紀、パリの人口増加に起因する。人口増加で、パリの墓場は満員となり、ごみやその他の衛生状態も過度に悪く、石を掘り出して空洞化していた場所に骨を集めたのだ。空洞化して、危険になった場所に柱を建設したり、壁にしたり、とすべてを頭蓋骨や頚骨を使って美的に建設してある。水道を通したり、「葬送行進曲」や「死の舞踏」などの曲が演奏されたのだという。究極の骨利用の場かもしれない。
そんなことを忘れられずにいた時、目に入った情報。宇都宮市にある「大谷資料館」は地下採石ミュージアムだそうだ。大谷石は加工しやすいことから採石が進み、巨大な空洞ができている。しかし、そこは日本的だ。荘厳な空間となっており、結婚式やコンサートや美術展として人気があるのだそうだ。

私たちは自然を利用しながら生活しているのだけれど、そのことをわすれずにバランスをきちんと保たないと、いつかしっぺ返しがくるのだろうな



# by sakura_mohila | 2019-09-08 12:05 | Comments(0)