人気ブログランキング | 話題のタグを見る

ぼたん

ぼたん_f0202221_11513827.jpg
風の強い朝だった。神社で、背後から声をかけられて、この白いボタンを頂戴した。
神社の境内に今、たくさんのボタンが並んでいる。風にせっかくのはなびらが散ってしまうので、切って、神社ギフトにしたそうだ。
差し出したのは、植木屋さん。見た感じも、いかにも植木屋さん。
昨日、散歩の時に会ったことを覚えていたのは、彼がいかにも筋金入りの植木職人に見えて、神社の樹を扱う人として、ぴったりの印象があったからだ。
「あんな職人さんはあまりみかけなくなったなあ」と思いつつ、昨日は通り過ぎていたのに、今日、まっ白なぼたんをいただくことになるとはねえ!
毎朝、耳をぴったりとあてて、水を吸い上げる音を聞くのを楽しみにしている木がある。その上にボタンをのせてみたりして・・・
fbを見ていたら、バングラデシュの農村の女の子が、貧乏で学校に通えない話がポップアップで、現れた。動画はよくできている。
しかし私は今や違和感を持った。
もし、人としての関わりがあったなら、ただお金をあげたり、保護したりはしないように思うのだ。かの国はもはや世界の最貧国ではなくなっている。皆、もらうよりは、精一杯に勉強したり、働いたりしたいのだ。
施しからは、何も生まれないし、何も考えずに援助を、というスタイルはむ過去のやり方のように思えるのだ。
少なくとも、私は自分の体験からそう言える。過去の例にそのまま従うことは、もう時代遅れであるように見えてしかたがない。


by sakura_mohila | 2022-05-08 12:12 | Comments(0)  

<< ことば 線路沿いの路肩 >>