生きていて、わかってくること

今朝の寒さはほんとに冬を思わせる。昼近くになって、陽だまりの中で手仕事をしながら、とてもよい話を聞いた。
すでに他界なさったが、俵萌子さんという批評家がいた。彼女が結構高齢になり、車の運転免許を取得し、栃木の方で陶芸をしながら、小さな美術館をオープンした、ということまではメディアがよく取り上げていたので、知っていた。当時は高齢者の生き方にメディアが彼女に照準を当てていたのかもしれない。
彼女は乳がんで手術をした。平気を装いながら、大好きな温泉をあきらめていたそうだ。彼女の美術館に同じ乳がんで手術をした女性が訪ねてきて、「温泉が大好きなのに入れない」と落胆の体であった。単純に言うと、俵さんは乳がん患者を組織して「温泉に入る会」をつくったのだが、それが患者の人たちに思わぬ勇気を与えた。初めは温泉につかるときにばっしゃとしぶきを上げて、湯の中に隠れるという形ではじまったのだが、やがて患者同士が傷をやさしくなであって、「きれいよ」と慰めあえるまでになったのだという。その間に俵さんはたまたまあるアメリカの女性が乳がんに関しての手記を書き、さらにその傷口を堂々と写真で公に晒していたのだという。それで自分の考え方を反省したのだ。傷口を隠している間は自分は克服していない、と。そのようなことを繰り返しながら、しかし再発の人たちもでてきて、次々と、問題に直面していくのだが、その都度前向きに考えて、自分の命の意味を分かろうとするのだ。その過程は単純にお話できるものではないけれど、彼女の話に耳を傾けながら、行動を起こせば問題に突き当たるけれど、それを乗り越えることによって、次のことが分かり、次の段階に進むことができるのだ、そして自分の命の意味がだんだんと分かって行く、ということが分かってくる。彼女のおおらかさや知性の高さがほんとにすがすがしく感じられる。陽だまりの手仕事の時間の20分の満足感!

by sakura_mohila | 2018-12-26 14:54 | Comments(0)  

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