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食すことははずかしい!

日経新聞を読んでいたら、「遊遊漢字学」というコラムの中で阿辻哲次先生が書いておられた「しゃもじは恥ずかしい道具」という記事が興味深く思われた。かつて日本ではものを食べるのはいじましくあさましい行為と考えていたのだそうだ。とくに身分の高い人はなるべく人前でものをたべないように、躾けられていたのだそうだ。御所に仕えていた女房たちは、食事とはきわめて恥ずかしくつつみ隠さねばならない行為だったのだという。それで彼女たちは婉曲的に「食べる」という行為を表す言葉を作り出したのだそうだ。生き物ならば空腹は避けられず、彼女たちは「ひだるし(饑)」という言葉を作って表現したそうである。しかし「ひだるし」という言葉をすべて言うことさえもはしたなく、「私はお腹がぺこぺこよ」とは言わずに、「私はひの文字で始まるあの状態なのよ」と表現したそうだ。それが「ひ文字い」となったのだそうだ。しゃもじもその流れを汲んでいて、しゃもじは食事に使う恥ずかしい道具なので、「しゃ」とう文字から始まる杓子を杓文字とよんだのだそうだ。
いつ、どうやって食べることが恥ずかしいという考えにかわったのだろうか?またいつから、どうやって食べることは楽しいという考えにかわったのだろうか。
最近通夜に伺うと、自動的にお寿司や煮物がおいてある部屋に案内されるけれど、あれはどうやって定着してしまったのだろうか。そのあとで、引換券を渡されて、その券と引き換えに分厚いカタログが入っている袋を渡される。中を見ると、楽しいもの、おいしいものがいっぱいリストされていて、亡くなった人を偲ぶ割には、ブランド品とかの見せ場のようである。
その後影膳とか言って、故人に食事を差し出すこともあるから、生きていればふつうに食べることが、なぜこのように複雑になってしまったのかも、不思議と興味がつきない。

by sakura_mohila | 2017-05-24 17:26 | Comments(0)  

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